第43話・吹っ切れた令嬢
実家に一番近い教会。今日は貸し切りと言う札が立っており大々的に名前がついていた。エルヴィス・ヴェニスと。
「無駄遣いを怒る兄上が……」
あの兄上直々に貸し切りと言う事に不思議な気持ちになる。どれぐらいお金を出したのかと試算しようと考えたが知識がなく漠然としかわからなかった。周りでは教会にお祈りに来ている他の騎士、衛兵なども看板を見て驚いていた。
「教会を貸し切れるのか……」
「結婚式か何かか?」
「いや、そうでもないらしい。『クラスト様へ』って書いてるな。祈ってるんだろ」
騎士、衛兵が色々と話をする間を縫って私は門に近づき視線を受けながら扉を開けた。衛兵などはあれが……エルヴィスとこそこそと話する。間違っているが今は気にしない。そんなことよりも……兄上のが大事である。
扉に入り、誰も入ってこないように閉め直しと閂をかける。秘密な話し合いがここで始まるのだろうと考えての事だ。そして……見つける。
並ぶ長椅子に一人の桜髪の女性。祈っている素振りは見せず。ただ、座っているだけ。それは紛れもなく兄上である。
「……兄上」
何処か雰囲気が違う兄上に戸惑いながら声をかける。するとゆっくりと立ち上がり……彼女は振り向いた。教会の中に差し込む光が彼女を照らす。
「よく来たわね」
昔から変わらない声音で私を迎えてくれる。自身はゆっくり立ち上がった兄上に近付き、足が震えた。何故か少し怖いと感じたのだ。
「兄上……」
「ヒナト、今日から……あなたをクラストと呼びます」
「……はい」
強い口調で事実を兄上は述べる。
「兄上と呼ばれても反応しません。エルヴィスとお呼びください。クラスト・エーデンブルグ」
「あ、あに………はい。エルヴィス嬢」
桜髪の乙女となった兄上は何処そんなことをと疑問にもち、私はその行為に理解が出来なかった。ただ強い口調に従うしかない。反論は認めてくれそうになかった。
「よろしいです。そうそう、ちょっと話をしませんか?」
兄上はベンチに座り、トントンと隣を叩いて座れと指示をする。その行為が可愛く思うのは兄上が立派な令嬢となったからだろう。そういう仕草は昔から可愛かった。
「はい……」
私は隣に座る。すると甘い香水が鼻腔をかすめ、豊かな胸やスカートで隠れているが、綺麗な形に実った太ももなどが目に入る。あまり、ジロジロと見ず。目線を剣の女神にづらした。緊張は何処か解れてしまう。
「……クラストさんは剣の女神の信奉者ね。私の弟もそうだった」
「……はい」
亡くなったように言われてちょっと複雑な気持ちになる。生きてるのにと文句が出そうになるがそれは飲み込んだ。叩かれる雰囲気である。
「私は神に祈ったのは癒し手の神だけだったからここへは弟に連れられて来たのは数回だけ。立派な武神らしく、この女神を信奉し今は立派な騎士へと成長しました。ご存知ない? 何故ここの神なのかと……」
質問の意味を私はしっかりと捉える。嘘はつかない。
「兄上の憧れる騎士になりたかった。それに神の話は面白く。多くの騎士は彼女を信奉します」
「そう。兄上の憧れね。憧れるわ、かっこよくて、たくましく。しっかりと前に歩ける騎士様は大好きですね。私は身長も力も弱くて中々、難しかったから」
「ええ、だから……昔から強く憧れていると知り。目指しました。誉めてくれる事を光栄に思い努力しました」
「そう。弟はそうやって……沢山積み重ねた。才能もあったとは言えませんでしたが。本当に強くなりました」
「……」
何故かすごくすごく恥ずかしい気持ちになり、背筋がピンっと張る。凄く褒められている事に嬉しいと同時に緊張してしまう。相手はいつも一緒だった家族な筈なのにだ。
「そうそう、弟は強くて格好いいんですよ。そして私には凄く優しくあり、時に厳しくもあった。女にするほどの倒錯行為もありましたが……どれもこれも今では可愛いものです」
ポツリポツリと溢す言葉に私はそれが本心なのかと驚く。そう、兄上は……本心を溢している。それをわかるほどに一緒に過ごしていた年月がそれを確信へと導く。
「最初は怒りましたね。『兄上になんて感情を……立派に身の丈にあった女性と付き合いなさい』とね。自身の事を偽って怒りました」
「……偽って?」
「ええ、偽って。考えてみれば簡単な答えです。おかしいですよね。歪んでますよね。だけど私は胸張って、今ここで言えます。今になって……」
唾を飲み込む。兄上は妖艶に寂しく笑っていた。心臓が高く鳴り、びくびくと体に血を送り続ける。唐突な告白が待っていると考えるて……
「私はこの世で一番……どうやら弟が好きなようです」
「!?」
何も言えない。心臓の音がうるさく鳴り響き。顔を焼く。
「虐待を受けていた弟君。それを手塩にかけて笑顔を取り戻し、騎士となるため訓練を一緒に歩み。母の愛を代わりに注ぎ。父の厳しさ、背中の大きさを学んで伝えた。誰よりも実母よりも深く深く最初から愛していましたよ……そして……今も……ずっと……無理やり背伸びし」
驚き、震えて、顔も見れなくなった私は隣で立つ音が聞こえ慌ててそちらを向き直す。そこには立ち上がっている兄上の強い意思が見てとれる。真っ直ぐ前を見る横顔から。
「あ、兄上」
「私はあなたの兄上ではありません。勘違いなさらずに……私が愛したのはヒナト・ヴェニス。そして……私は彼を取り戻したい。例え相手が『聖女』と言われようとね。茨の道となる。失敗すれば……処刑でしょうね」
エルヴィス嬢がそのまま立ち去ろうとする。自分は震える足を叩き、立ち上がる。覚悟を示した兄上に自分は応えないといけないと。
「ま、まってください!! エルヴィス嬢!!」
「……はい」
去ろうとする背中の声をかけて止める。振り向くエルヴィス嬢の表情は今まで見た兄上の微笑みからかけ離れている。教会に似つかわしくない。妖艶で小悪魔な笑みだった。変わった……兄上は大きく変わった。何故か……それはきっと。私のせいで。確認したかった。
「答えて欲しい。自身の兄上は優しい人でした。誰よりも『聖母』のような人でした。何があったのでしょうか?」
「ふふふ、そうですね。演じていたんです。弟に対して素晴らしい兄と言う仮面を被り。弟のためにとずっと……」
「それは今もではないでしょうか!! 現に今もそうでしょう!!」
大きく声を出して問う。変わりすぎた兄上に狼狽したが、しっかりと今は聞かないといけないと思う故に目をそらさない。
「いいえ、愛するヒナトを取り戻すのは弟のためじゃない。私の欲望のために行動するの……我慢なんてしない。私が不幸になる気は全くなくってよ」
「エルヴィス嬢……」
拳を握り、最後にこれだけは聞く。告白……だ。
「クラスト・エーデンブルグと婚約者になる気はありませんか?」
「全く興味ないです。私が愛するのはヒナト・ヴェニスただ一人。必ず帰ってこさせる。必ず奪う。必ず本当に一つ屋根の下の家族として迎えるために……どんなこともする。故に善神と絶縁します」
強い表明。告白とともに訴えかける。自分に、もう一度、弟にならないかと。弟になって一緒になろうと言っている。その言葉は長年欲していた言葉であり、兄上に対して自分もずっと隠していたものだった。
叫びたい気持ちを押し込め。深呼吸し私は落ち着く。そして……屁理屈を込めて今……貰おうと体が動く。
「そうですね。クラストは数年前に死んでおります。エルヴィス嬢」
「あら? ではあなたはだれ?」
一歩二歩と強い足取りで近付く。そして……兄上の頬を撫でた。
「兄上……ヒナトですよ。あなたが名付けた。あなたが育て上げた騎士の名です」
「兄上は死にました。今いるのは異性の姉上よ……いいの? 血の繋がってる姉弟よ」
「歪んでいる方が燃え上がる。それに血半分であり……兄上も姉上でも母でも父でもある」
「歪んでいると苦しくない?」
「兄上、約束しましょう。もう一度……二人で幸せになることを。兄上は待っていてください。姫として」
「ふふ、格好いい。姫としても待ってあげる。だけど……姫だけど兄上と言うのなら。兄の仮面の破片も使っていくわ」
姉上の小さな手を取り、そして……俺は約束を掌ではなく。それを引っ張り、胸に抱き寄せる。驚く彼女にそのまま顎に手をやって顔を上げさせ唇を強く奪った。彼女はそれを静かに受け入れて首に手を回し。固く固く誓かわせる。
「姉上、いや兄上……」
「あ~あ、しちゃったね。これでもう……戻れなくなる」
俺は姉上を堕とした責任は……女にしたときから覚悟をしていた。これからが大変だが、今は目の前の恥ずかしがって唇に触れる女をただただ愛でるだけである。
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