第39話・聖女と兄上
少し気が楽になった次の日。私は身仕度を整えて学園に顔を出した。高い授業料分は顔を出さないとと思いつつも足取りは重かった。
理由はもちろん……
「お兄さま!!」
目の前の金を散りばめた衣装を着込む『聖女』なる女性がヒナトと仲良くしている姿が目に写るからだ。ヒナトも満更じゃないのだろうか……しっかりした紳士として対応している。見ないように見ないようにと思うが……まるで見せつけるように学園の中で彼女が目に写った。
周りからは引き裂かれた兄妹の感動の再開としての美談が囁かれ。『聖女』の活躍もよく流れてくる。
立派な子だと言うのも理解できる。だが……
「……」
全く好印象は持てず。仲良くする姿に黒い感情が伴った。そう……嫉妬。
不思議と今まで感じた事のない感情が私を覆い。困惑させる。
「エルヴィス。またあの二人、仲良さそうに一緒ね」
「ええ、幸せそうですね」
バーディスと一緒に外にいる二人を見て、表面上幸せでいいのでしょうねと微笑んだ。もちろん、ヒナトが元気ならそれでいいと言い聞かせるように。
「……強いわね。エルヴィスは」
「そうですか?」
「一週間寝込んで、前と同じぐらいに回復してるもんね。ああいう奪われた令嬢は皆。色々あるのに静かです」
「暴れるか、怒るかしてますもんね。でも、勘違いしてます。元々、ヒナトはクラインだったのです。元に戻っただけですよ」
「……ねぇ、無理してない」
「……」
私は大丈夫とは言えないまま、二人を尻目に歩きだした。
*
兄上が久しぶりに顔を出していた。想像より元気な姿で安心しながら。妹のエミーリアに声をかけられる。
「兄さま? 何を見てらっしゃるの?」
「ん……微笑み返してくれた令嬢を見ています」
「……私にもください」
「ははは、まぁいいですよ」
エミーリアに俺は微笑み。そして……考える。『聖女』としての彼女を。彼女は自慢するように負傷者をその手で簡単に癒して見せた行為を……もちろん無償で。だからこそ『聖女』なのだと思わせた。
だが……それも……兄上でも似た事が出来る気もしていた。もっと凄いのかと思っていたが……そうでもなく。そして……
「お兄さん。もう、私を見てください」
兄上よりも甘えん坊だった。しかし、何処か隠している印象も受ける。男性や多くの人に媚を売っているような……そんな気配を強く感じた。だからこそ、好印象なのだろう。内心が見えてこない。
「エミーリア嬢ばかりは流石に無理です。令嬢であればもう少し節度をお願いします」
「……はい」
本当に兄上の方が立派な令嬢だと。どうしても彼女と兄上を比較してしまう。それを隠しながら俺は過ごす。兄上から……何か動きがないかと悩み、自分から行く勇気を出せずにいた。女々しいと思いながら。
「あっ、そういえばそろそろお茶会です……寂しいですが」
「そうですか」
「はい」
彼女は俺の前とは全く別の表情で歩く。お茶会と言うなの仲間の確認へと。
*
お茶会へ行く道を一人で思考を巡らせる。兄さんは何処かいつも上の空である。そして……いつも視線が集まる令嬢はバーディスだった。彼女とは仲が良く、私の知らない事を話し合っていた。そう、すでにシナリオが進んでいた。
私の知るバーディスの設定は憎たらしく。私に突っ掛かり、王子との恋愛を妨害したりする憎まれ役のキャラクターだ。婚約者がクラインお兄さまなど、私が選ばなかった王子と結ばれる筈である。だが……既に変な状況だった。
「……何もない」
そう、悪役令嬢と言い。様子を見ていたが全く私に対しての文句一つも、嫌み一つも、苛め一つもしない。バーディスの令嬢仲間も予想より遥かに少ないのだ。学園半分は彼女の仲間で始まり、『聖女』の活躍を妬む役さえ見せない。どちらかと言えば他の知らないバーディスの隣に居た女性に周りから敵意が向けられていた。
「あと……クライン兄さんに……お義兄さんがいない」
そう、クライン兄さんの仲のいいお義兄さんがいない。非常に弟に甘い魔法の実力者であった筈。しかし……私が知っている情報通りではなく。居るのは義姉さんだけらしい。それも学園で嫌われている人でバーディスと一緒。違いが大きかった。そして…………クライン兄さんはその人が凄く気になるようだった。
「んんんんん!!」
唇を噛み、私は唸る。クライン兄さんと距離を取って居るその女に。王子3人も取られている事を好ましく思わない。
「……必ず。私が手に入れる」
力もある。知識もある。権力も何もかも生前で全くもって持っていなかった全てがある。
だから……欲しい。私の王子が。3人の中から選べるならば。
「全員欲しいけど……それは強欲ね」
そう、強欲。欲しいのは年取った方より若い人。同じぐらいで優しい人。そう考えた時、兄さんがチラチラと頭に過る。そう、私ではない……エミーリアは羨ましかった。
遠くの地で聞き及んでいる。仲のよい兄弟を……兄ではなかったが。それでも私の中のエミーリアは母上の言っていた兄が欲しかった。
「やっと……やっと手にいれた兄」
私は私で、考える。兄には必ず心残りがあることを。
「……あっ」
廊下を歩いていると一人の令嬢に出会う。そう……桜色の髪を持った令嬢。目立つその髪に似て綺麗な令嬢。
「あっ」
向こうもこちらと目が合う。目があったなら挨拶しなくてはならない。エルヴィス令嬢が先に頭を下げる。
「こんにちわ」
「はい、こんにちわ……」
緊張する。そう、エルヴィス令嬢。バーディスのお付き令嬢。彼女は……渦中の人であり。あの二人の婚約者。
「……エーデンベルグのご令嬢様。クラインはお元気ですか?」
「はい、お兄さまはお元気です」
「よかった。不甲斐ない弟でしたが、今は立派な男です。弟のことよろしくお願いします。では……失礼」
エルヴィス令嬢は深々と頭を下げたあとにその場を去る。堂々とし、そして……立派な令嬢のままで。私は彼女に嫌悪感を感じた。深い深い嫌悪感を……
「……」
そう、私は大きな嫉妬を彼女に持っている。昔からずっと……ずっと……
彼女が居なければもっともっと早く。不正を正してクラインお兄さまが帰ってこれたと言うのにであり、女性として、兄さんを独り占めしていた事を嫌悪するのだった。
*
「彼女が……そう」
私はエーデンベルグ嬢を見ながら。綺麗な人と感じていた。まだ幼い子かと思っていたがそうではなく。何処か大人びた雰囲気も持っていた。だが……間が持たない。
逃げるように私は彼女から離れたのだ。話をすぐに切り上げて……
そう、嫌悪感が凄いのだ。初対面、話したこともない人なのに……非常に私には悪感情しか芽生えない。自己嫌悪に陥るほどに『聖女』に悪意しか生まれない。
そう……私から弟を奪った女の娘なんて考えてしまうほどに。
「……はぁ、なんて私は醜いのでしょう」
そう、愚痴を溢しながら久しぶりに特別教室に顔を出すのだった。
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