第40話・芽生える悪感情、堕ちる令嬢


 私は……部屋に入るとセシル君とハルト君に出迎えられた。詳しい話をと思ったが。ヒナトが来ると言うことで私は二人に謝り、来ることはなくなると伝えた。


 セシル君とハルト君は何処か、納得できない表情であったが……今のまま。婚約者であるので引き留めようと説得もする。


 だが、全く私はそれに首を振り続けた。そう……何もかも魅力に映らないのだ。


 そう、あの……毎日楽しかったのが嘘のように今は日常が萎んでいる。考えるのは他人が私に悪感情を持っていると思ってしまう心の声に弱さを感じる事だ。こんな姿をヒナトに見せる訳にもいかないが……やる気も出ない。


 だからか家に帰ってもすることないのでフラフラとして歩いていた。歩いていたが……どこもかしこもヒナトとの思い出ばかりが内包し。心に痛みを生む。だが……それでも私は思い出を忘れようとは思わなかった。


「嫌なのか、嫌じゃないのか。変な私……」


 自分自身の芯のない心が苦い。家族じゃなくなったのがそんなに嫌だったのかと……そう思う。


 だからこそ、私はついついフラフラとこんなところへ来てしまったのかもしれない。今居るのは真っ白に塗装された青い屋根の教会。多くの建物に囲まれた一番家に近い教会である。懺悔室、行こうかな。


「……あいてない」


 しかし、教会は開いていなかった。木の扉は閉められており……本日は礼拝禁止と木札が立て掛けてある。教会の管理者が忙しいのだろうか。


「帰りましょうか……」


 運がない……そう思い振り返った時。背後でギィィと音がし、扉が開き、木札が倒れた。中から誰かが開けたのかと様子を見ていたが……誰も居ない。しかし、扉はどんどん開き、なぜそうなってしまったかがわかった。閂が折れて抜けているだ。それを見て私は慌てる。


「閂が、壊れてしまってる。どうしましょう……中に人が居るでしょうか?」


 私は中に入り、扉を閉めようとするが立て付けが悪いのか開いていく。閂で押さえていたようで、それが壊れてしまっていることで閉じなくなっているのだ。金の燭台や貴重品もあるのにこれはいけないと思う。


「あぁ……どうしましょうか……」


 誰も居ない教会で……私は悩む。誰を探そうかとそう思った時。教会の中にある懺悔室で物音がし、そこの人が居るのかと扉の壁を開けて中に入る。そして声をかけた。


「清掃中、すいません……教会の正門が開いています」


 懺悔室の向かい側、顔が見えない場所に物音がして声が帰ってくる。若い女性の声に私は安心する。


「ん、ああ。開いてるのね。これは教えてくれてありがとう。教会使うのが結構汚すからねぇ~今日は閉めてたの」


「そうなんですね。汚して帰るなんて……」


「まぁ、清掃費をもらってるからいいんですけどね。牧師として、しっかりと清掃しないとね」


「牧師様でしたか……すいません、ご挨拶を」


「待った。今、ここは懺悔室です。名を言うのは名を聞いてもらって知っていただき、そこから懺悔をと言う方のみです。一応、ここはそのような場……本来は無料で懺悔なぞ聞きませんがこれも何かの運命。お困りの雰囲気が凄く感じるのでお聞きしましょう」


「えっ……いいのでしょうか?」


「もちろん、人に言えない事を言えばいいです。ここはそういう場所です。秘匿義務があります」


「なら……甘えさせてください」


 私はポツリポツリと近況から話を始めた。そして……ゆっくりと泡のように浮かんでくる悪感情を口に出す。それは押さえようと大きく大きく次から浮き出して水面の上で破裂した。


「弟は苛められていた母上の元で果たして幸せになれるのか……新たな土地で幸せになれるのか。不安で不安で仕方がないです」


 何も言わず、静かに……ただ静かに……牧師は私の話を聞いてくれる。そう、抑圧していた感情が溢れでる。


「いいえ、不安じゃない。一度虐待して捨てた子を今になって拾いに来ることに愛を全く感じない。そう、全くもってあの母親を信じる事は私には出来ません。それどころか苛めていた事実が非常に憎々しい。あんな素晴らしい弟をよくもや、よくも苛めてくれたなと言う言葉が出てくるんです」


 そう、止まらない。醜く、悪態をつく。


「何もヒナトを知らない癖に……さも、悲劇を装うその行為にも反吐が出る。娘に甘いのも気に入らない」


 ヒナトの実の母親に対して……そう。私は敵意を持っているのだ。異常な敵意。ヒナトの前では立派な兄を演じていたのに……それすら忘れるほどに。


「家族だった。ヒナトを奪いに来たあの女を許したくない……ヒナトが例え笑顔でも……私は過去を許せない」


 ヒナトの笑顔を取り戻すまでの苦悩を思い出し……苦しむ。


「もう、二度と笑顔を奪わせたくない」


 そして……私はあろうことか……恐ろしい言葉を口走る。


「ヒナトを幸せに出来るのは私しかいない」


 そう、独善的な言葉を私は溢した。あまりにも自分勝手な言い分。それは……あまりにも立派な人物像とはかけ離れている。そんな言葉を溢した後には……大きく溜め息を吐き、天井を見上げた。弱いと……


「以上があなたの懺悔ですか?」


「はい……醜い自分を罰したいです」


「そうですか。私に言わせれば自分を抑圧しすぎじゃないでしょうか? 確かに大人とは我慢すること、ですが……それでは疲れるでしょう。発散するところはするべきであり、素直になるのも必要です」


「……」


 この牧師さん。結構、俗物的な事を述べる。


「それに聞いていれば……弟さんに何かもっと強い意識を持ってるように思います。それを騙すように相手が悪いと言っているような感じです」


「……」


「弟さんとどうなりたいのですか?」


「それは……」


 私は股に手を挟み。考える……すると毎日一緒だった日々を思いだして暖かい気持ちになる。笑顔でごはんを一緒に食べたりや、歩いたり……そう。そう……ダメ。考えちゃ……ダメ。


「何か普通の接し方を越えてる気がします。それを隠してるような……」


「……」


 私は……唇を噛む。噛むが……痛みよりもヒナトの事を何度も何度も思い出す。


 あふれでる。気持ちに嘘が言えなくなっていく。


「……神は兄弟愛を肯定してくれるのでしょうか」


「否定はする。寝取りなどは見過ごせません。ですが……それは信者に対してのみ」


 牧師の声が少し変わった気がする。真面目そうに、強い口調で確信があるのかハッキリと断言した。


「あなたはその気持ちを捨てるのですか? 逃げる理由は捨てたくないからでしょう?」


 そう、もう何故か牧師にはわかっていた。そして私もわかっていた。


「弟に恋慕を抱くのはおかしいことでしょうか?」


「はい、そして……その人は『聖女』と一緒。奪う事になり、あまり誉められた行為ではない。ですが……世の中では多くの神々がいます。応援してくれる人も居るでしょう」


「……」


 牧師の言葉に私は小さく頷いた。こんな所で決めてしまって良いものかと考えるが……ここは懺悔室である。


「エルヴィスはこの日を持って立派な兄を演じる事をやめます。そして……エルヴィスはこの日を持って神に祈る事をやめます。不純な弟への恋慕を抱き、捨てない事を決めました。あの女から弟を引き剥がします。絶対に許す事はできない。私が」


 深い深い弟への想いが私の胸の奥から心を突き破り、ドロッと流れ出す。兄弟で歪んだ気持ち、持ってはいけないと弟に言い聞かせた感情。それを人一倍持っていた事を私は肯定する。


 本当にそれは不純であり。汚いものな筈なのに、何故か私はスッキリとしていた。


「……エルヴィス。あなたを破門します。しかし、あなたには別の神からのシュフクがあるでしょう。剣を司る神ではなく。純愛を司る神から」


「牧師様、ありがとうございました。心が軽くなりました」


「それは良かった。では、エルヴィス……神託があらんこと」


 私はそれを聞き。ヒナトの前で見せたことのない高い笑いを起こす。そう……滑稽な笑いを……自身に向けて。

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