第37話・売られた実子


「クラインを返して貰います」


 屋敷に訪れた家紋の刺繍を施し綺麗に着飾った女性が金貨を従者に運ばせて私の目の前に並べさせる。インゴットもあり、貸した金より多めに用意される。


「利子含めてしっかり返し、色もつけてあげますわ。育ててくれたようですしね」


「……」


「何か一言ないの!!」


 怒りを込めた言い方にピクッと眉が動く。昔のヒナトの声や色んな光景を思い出してタバコを口に咥えて火を指から出す。静かに吸い吐き出し……顔を作って目の前の女に問う。


「……何故、あの時……いや。しっかりと利子含め貰った。外に居るだろう。案内しよう」


「昔の事を言うならば貧しかったからよ。あの女のせいでね。私のせいじゃないわ」


「……そうか」


 私は何も言わず背を向ける。一つ二つ罵声をその背中で受け止めたまま。そして……覚悟を決め。実子に恨まれるなと考えて顔を作り振り向く。


「では、タバコも吸い終えた。案内しよう」


「ええ、案内してちょうだい」


 私はそのまま彼女を連れて屋敷の玄関へと行く。するとすでにヒナトは既に荷物を用意して居たようで正装で彼女を待っていた。


「……ああ、クライン。大きくなって」


「……はい。お初にお目にかかりますエリーゼ・エーデンベルグ様」


 ヒナトは母上とは呼ばなかった。ピクッと彼女が反応したが何事もなかったように話を始める。


「ふふ、覚えてないのね。私があなたの本当の母上です」


「そのようですね。あと、名前はヒナトと言われており。長い間使っていたので……」


「真の名前はクラインです。この家の子ではないの……捨てなさい」


「……はい。すいません。少しいいでしょうか?」


「なに?」


「いえ、父上だった方に……挨拶を」


 ヒナトが私の前に来る。そして……深々と大きく頭を下げた。


「今まで、本当に本当に!! ありがとうございました!! 確かに幸せでした!! このご恩は忘れません!!」


 大きな大きな声でヒナトはそう私に言う。エリーゼは眉を歪ませていた。そして、何もしてこなかった私はそれはエルヴィスに込めて言ってあげろと口から出そうになったとき。


 全く声が出なかった。ただ静かに背を向けて……


「ああ、達者でな」


 それしか溢すことしか出来なかった。スッと後ろで去る二人の物音と玄関の閉まる音がし、ゆっくりと妻が現れる。ハンカチを手にし、涙を拭いながら。あの大声は隠れていた妻に向かっても言ったのだろう。すすり泣く声が屋敷を包む。


 あんな女丈夫の妻が人を憚らず泣き、私はそれを抱き締める。嗚咽と声が混じり……妻の声で大切だったと再認識する。


「ヒナト……あの子……あの子が……」


「……ああ。感謝してたな」


「エルヴィスにも聞かせたかった……」


「いや。エルヴィスには酷だ」


 二人で実子のこれからを不安になりながら。静かに……息子がいなくなったことを嘆くのだった。





 母上はこのエリーゼから妬まれており。そして母上も嫌っている。会わないほどに……だが。扉の向こうですすり泣く声が聞こえた俺は一通り泣き。それを拭い、玄関に立った後で最後に叫んだ。


 感謝を。


 言い終わったあと、エリーゼ嬢は面白くもない表情だったが。そのぐらい顔に出すなよと私は思った。


 本当に……エーデンベルグの家はこんな令嬢で良かったのかと思う。まぁ、宿敵みたいな屋敷にお礼を言う息子なんか面白くもないか。


「……クライン。あの家の事は忘れなさい」


「ええ、わかりました」


 忘れる訳がない。兄上との日々を、この血に流れるまでずっと。


「それよりも教えて下さい。何故……今頃、何ですか?」


「……」


 馬車に乗った偽物の母上に問いかける。


「エーデンベルグに嫁いだならすぐにでも……」


「……ええ。ごめんなさい」


 俺は心で『ふーん』と鼻で笑う。緊迫した空気の中で……揺られる中。窓を見つめた。


「はい、理由があったのですね」


「そう。あまり……私も力を持ってなかった」


「……」


 力を持ったのは最近ではない。子が生まれてからであり、エーデンベルグ領に入ってからすぐである。聖女と呼ばれる彼女とはそんなに歳が離れていないのだ。渡ってすぐに近付いた訳だ。金の力だろうか。


「妹の事を聞いてもいいですか?」


「ふふ、気になる? いいわよ」


「ええ、お願いします」


「他人行儀ね。もっと砕けていいのよ?」


「いつも通りです。エリーゼ嬢」


「お母さん読んでいいわよ」


「はい、義母さん。それで『聖女』と言われる妹は?」


「そうね。あの子は凄いの……何でも文字もすぐ覚えて賢く。そして、『癒し手』として素晴らしいのよ」


「『癒し手』ですか?」


「ええ、彼女は素晴らしい神に愛された子なのよ」


 私は……噂の情報通りなのだなとわかった。神童であると言われるのだ。それも、思慮深い。これからを私はどうなるかわからないまま。饒舌で教えてくれるエリーゼ嬢の声に耳を傾け続けるのだった。







 その日、屋敷に帰った私は……


「ただいま……」


 無音の屋敷に、朝……冷たい態度を取った事を後悔させ……何もかも。手遅れなど理解した。

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