第36話・一夜で変わる関係


 悪い夢を見た。起きたまま、朝を迎え……着替えを済まし。何事もなかったかのようにごはんを食べ。目元の隈を化粧でごまかした。


 ヒナトは……起こさない。


「……」


 ヒナトの実母には大きな怒りを抱き。何故かヒナトに小さな怒りを覚えている。その変な感情を押し込めて私はヒナトとは別に学園へ向かおうとした。すると……玄関に渦中の人が待っていた。


「おはようございます。兄上」


 ヒナトの声だ。いつもの声だ。満面の笑みで手を振っている。


「……おはよう」


 そして……私は逃げるようにそのままヒナトの隣を抜ける。






 兄上は泣き晴らした目を化粧でごまかしていた。起きて昨日何事もなかったように挨拶しようと玄関で待っていた。兄上なら……なんとか飲み込む強さがあると思ったのだ。


 だが……


「……おはよう」


 短く四文字。それも元気のいい声じゃない。掠れた声であり……そして。


 僕の脇を抜けるようにそのまま去っていった。強い拒絶反応に大きくショックを受け、咄嗟に反応が遅れた。振り向き兄上の綺麗な桜色の髪に手を伸ばすが……届かず空を切る。


「兄上……?」


 小さく問いかけたがその背中は全く反応せず。異常とも取れるその行動に心臓が大きく大きく鳴り、苦しみ出す。


「……」


 ただ呆然とその光景を見て、首を振って頭を僕は押さえた。昨日の事。父上母上から外の子になる事。兄上と兄弟でなくなる事もショックだったが。


「つっ……これは堪えるね」


 兄上に拒絶された今の状況のがショックだった。そして……察する事も出来た。兄上は本当に自身を家族で一番大切にしてくれていたことを再確認した。だからこその……行動だとも。


「自分より辛そうにしないでくださいよ。兄上……辛いじゃないですか……全く」


 そう、言い聞かせ。心配で様子を伺っていた母上の雇ったメイドに身支度を頼む。そして……その場で僕は覚悟を決めた。メイドに言い聞かせるように自分に言い聞かせるように。


「また、絶対に帰って来ますよ。ここに」


 そう、僕は私は……いや、俺は必ず帰って来る事を固く決めたのだった。






 私はヒナトに強く当たった事を後悔しながら登校し、校門でヴァーティスと出会う。


「……おはよう」


「おはよう!! エルヴィス!! なに、冴えない顔して!!」


「……本当に冴えないの。ゆっくり話すよ」


「ふふふ、面白い。あなたがここまで落ち込んでいるなんて」


「私を鉄人か何かと勘違いしてませんか?」


「してるわ。だって……頑丈でしょ?」


「ひ弱な女の子になった憐れな男の子です」


 そう言いながら、気持ちが少し軽くなり、元気を分けて貰えた気がする。ヴァーティスは腕を組み、大きくふんぞり返り威張るがかわいいだけである。


「行きましょう。エルヴィス」


「ええ、行きましょう」


 私は目を閉じて首を振り感情を振り落とそうとする。そして……目を開けた時。背後でざわつく声に振り向く。すると一人の金髪の髪を靡かせた女性が馬車から従者を伴って降りてくるのだ。至るところに金の聖印の刺繍がついた白い衣装を身に纏って……


 私はそれに胸がざわつく。同じようにバーディスもその光景を目にしそして……言葉を溢す。


「聖女様ってわけね。彼女が」


 その言葉に私は彼女がそうなのだろうとわかり、ヒナトの妹だと言うのがわかった。ヒナトより一つも二つも若いだろうに……その堂々とする姿は立派なご令嬢であった。


「……」


 目線を集める中でその『聖女』と言われる少女は……何故か私と目線があったあとにバーディスの脇に近づく。そして……こそっと小さな声を彼女にかけた。


「バーディスの悪役令嬢様……こんにちは」


 そう、彼女はバーディスに言い放ち。バーディスと私を驚かせる。悪役とは何とも酷い言葉を吐いたと思ったのだ。だが……文句を言ってやろうとバーディスが言うとき。私は彼女の手を掴む。


「エルヴィス!!」


「……文句言っても立場を悪くするのはあなたです」


「しかし、悪役よ!! 初対面になんて酷いことを……」


「ふふ、その面は悪役ですよ」


「エルヴィスぅ~」


「今さっきの落ち込んでるのに面白いと言った人への仕返しです」


「フフフ。ごめんなさい。でも、なんなのかしらね。あれが『聖女』なんてごめんだわ」


「本当に全くです。あんなのがヒナトの妹なんてね」


「えっ?」


「あら、話していませんでした? ヒナトの実母の娘ですよ彼女は」


 バーディスは私の言葉に大きく驚き、今さっきの悪役と言われた事よりも驚き。私の胸ぐらを掴む。そう、私は……掴むバーディスに全て説明したのだった。

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