幕間~朝の一幕~



 黒崎美咲視点



 これはあくまで私の勝手な憶測で、もしかしたら? 程度の可能性の話であることを最初に言っておきます。

 本当にただの考え過ぎなのかもしれません。でもその可能性を0だと言い切れないのも確かなわけで――ここであれこれ言っても時間の無駄ですね。

 結論から話します。


 姉が同性愛者かもしれません。


 これは由々しき事態です。妹にして異性愛者の私からしたらバイオハザード並みの緊急事態だったりします。

 

 あ、失礼しました。まずは自己紹介からですよね。


 初めまして。黒崎家次女の黒崎美咲です。

 私の家は母と姉と私の3人家族です。

 姉がほんの少しゲーマーなことを除けばどこにでもいる平凡な母子家庭の一家です。


「美咲~お姉ちゃん起こして来てもらえる?」


 お姉ちゃんはまだ起きていないようです。

 昨日も遅くまでゲームをやっていたのかもしれません。

 学校の時間にはまだ余裕があるとは言っても、毎朝起こす私の身にもなってほしいものです。

 キッチンの流しでお皿を洗っているお母さんに言われて仕方なく姉を起こしに向かいました。


「お姉ちゃーん? ご飯だってさー!」


 私たちの部屋は階段を上がって2階にあります。

 わざわざもう一度階段を上るのも手間なので、1階の階段下から姉を呼びました。

 これで起きなかったら、私が直接起こしに行かないといけません。


「……お姉ちゃーん?」


 物音すらしません。

 どうやら今日も起こしに行く必要がありそうです。

 勝手知ったる我が家の階段を上がるとすぐそこに私の部屋があります。

 その隣の部屋にハートをあしらった太文字で【かれん】と書かれたネームプレートが掛けられているので、そこで足を止めました。

 

 コンッ コンッ


 ノックします。

 やはり起きていないようで返事は返ってきません。

 いつもは勝手に入ると怒られるのですが、このままでは私だって中学校に遅刻してしまいます。

 ノックはしたという免罪符は得たので、ドアノブを回して姉の部屋に入りました。


「うへへ……」


 うわぁ……と、自分の顔が引き攣るのが分かりました。

 我が姉ながらなんというか……

 お姉ちゃんの顔は可愛いと思う。妹の私から見ても贔屓目無しにレベルが高いです。

 ですがこれはさすがに駄目です。

 布団を抱くように眠っているお姉ちゃん。

 布団とお姉ちゃんの間でいつもの赤いジャージが捲れて白いお腹が見えています。

 そこから小さなおへそも顔を出していました。

 顔はなんとも幸せそうに蕩けていて……どんな夢を見ているのでしょうか?


「カナ……さん……らめれすってぇ、えへへ」


 いつもの名前が出てきます。カナさんとやらも夢でお姉ちゃんのお世話をすることになっていい迷惑ですよ。

 でも今の寝言を聞くと、もしかしてイチャついてるんじゃ? なんてことも思ってしまうわけです。

 お姉ちゃんはレズだった……? ひょっとすると姉との付き合い方を考え直さないといけないかもしれません。

 そんなことを考えていたのが1、2週間ほど前からです。

 私は寝言で毎朝カナさんとやらへの愛を囁くお姉ちゃんを起こしに来るわけで……

 今では姉がレズビアンであるとほぼ確信しています。

 どこかのアイドルという可能性もありますが、姉の部屋にアイドルグッズは一つも見当たりません。敬称で呼んでいることから恐らくは同じ高校の先輩の誰かでしょう。

 男に飢えすぎて性癖を拗らせてしまったようですね。まさか同性愛に目覚めるとは。


 勿論根拠は他にもあります。


 九条先輩という男子生徒がお姉ちゃんのクラスには在籍しているのです。

 これは非常に珍しいことです。当初は羨ましくて恨み言を言ったものです……が、しかし! だというのに最近では九条先輩の名がお姉ちゃんの口から出てこないのです。

 それどころかこちらからその名前を出しても「ふぅん」と、なんとも素っ気ない様子。

 衝撃でした。あれだけ男に飢えていたお姉ちゃんがまさか男に関する話題に反応しない日が来るなんて、と。

 以前冷たくあしらわれているとしょんぼりして愚痴を零していた人物と同じ人間とは思えません。


 いえ、大丈夫です。私はそういうことには理解のある方なので……いや、ほんとほんと。ほんとですよ?

 愛する人が誰であろうと、人の幸せを否定するなんて野暮ですからね。

 動物と結婚した人や、物と結婚した人も世の中にはいます。

 そう考えたら可愛いものです。

 ただ身内がそういう性癖を持っていて、尚且つ自分に身の危険がある可能性があるとなると、ちょっぴり複雑なだけでして。


「お姉ちゃん? 朝だよ?」


 ゆさゆさと肩を揺すります。

 あ、涎垂らしてる。

 顔はいいのに女という生まれる性別を間違えたお姉ちゃん。

 しかもこんなトロトロの顔なんて見られたら100年の恋も冷めることでしょう。


「しゅき、れふす……」


 ぞわっとしました。

 何で枕にキス顔を向けてるんでしょうこの人は。

 見てはいけないものを見ている気がします。


「お姉ちゃん、早く起きないと遅刻するよ? 今日は日直なんでしょ?」


 そして、起きてきたお姉ちゃんに私は「カナさんって誰?」と、聞くわけです。

 顔を赤くして挙動不審になるお姉ちゃんはちょっと面白いです。

 凄いですよ。九条先輩の名前では「ふーん?」なのに、カナさんの名前を出すと「な、なにが? カナ……? し、知らないし?」と、真っ赤になって咽てましたからね。

 お姉ちゃん……分かり易過ぎます。


 カナ……今時は中性的な名前もありますけど、カナはさすがに女性の方の名前でしょう。

 どんな人なんだろう。先輩なら私も会ったことのある人なんでしょうか?

 いや、そこはどちらでもいいですね。何にせよ矛先が私に向かなければ……


「んぅ……」


 本当に幸せそうな顔です。

 これは完全に恋する乙女でしょう。

 姉の周囲に男の人の影は見えませんし、やはりそういうことなのだと思います。

 唯一可能性があるとすれば九条先輩……だったのですが、先述した通り、今のお姉ちゃんは九条先輩には興味がない様子。


 え? 他の男性に想いを寄せているんじゃないか――ですか?


 うーん、どうなんでしょう。勿論真っ先にそれは考えました。

 ですが、九条先輩が唯一の姉との繋がりがある男の人だったんです。薄過ぎる繋がりではありましたが……

 少し前に偶然お姉ちゃんとクラスメイトだという先輩とお話をしたのですが、やはり男性との接点は学校ではないようで。

 それ以外となると、普段ゲームばかりしている姉に男の人との接点なんてあるはずもありません。

 というかお姉ちゃんは本当に部屋から出ないんです。

 なのに男の人との関わり……ちょっと考え難くないですか?


 正直信じられませんが、姉がここまで夢中になる想い人がいるのはほぼ確定事項。それも同性の可能性がある。

 いつか起きたら姉に貞操を奪われてるなんてことにならないようにしなくては……

 処女は捨てたいですけど、さすがに相手は男がいいです。しかも近親が相手というのは本当に身の危険を覚えます。


 姉を信用しろと思う人もいるかもしれません。

 ですが駄目なんです。以前に寝ぼけたお姉ちゃんに、布団の中に引きずり込まれた時の記憶が私の心を蝕むのです。

 トラウマでしたねあれは。ファーストキスが同性の姉妹とか一生引きずりますよ。

 無論初めては死守しましたが。 


 勿論それでも大丈夫だと姉を信じてはいます。だからこうして起こしに来てるわけですし。

 でもこれが致命的な油断になるかもしれないと、そう懸念を抱かずにはいられません。

 いつか姉に食べられるかもしれない……恐らくその時、姉の隣には瞳から光が失われた事後の私が横たわっていることでしょう。

 そんな恐怖と戦いながら私は今日も姉の体を揺するのでした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る