After7 自己紹介






 黒崎加恋視点



「ぉ……うぉぉ……」


 薫が感嘆の溜息を溢した。そこにあった感情はおそらく少し前の私と同じものだろう。

 晶と優良も同様だ。カナデさんのイケメン戦闘力を前に言葉が出ないようだった。

 そして、薫はゆっくりと膝を喫茶店の床へと降ろした。

 そのまま緩やかに両の手を――


「おぉいっ!? やるなっての!」


 即座に晶が止めた。

 襟を掴まれた薫が、ぐぅっ! と苦しそうに呻く。

 だけど苦しさ以上に土下座を止められた薫が悔しそうに晶をキッと睨んだ。


「は、離してください! 晶だって見惚れてたでしょう!? どうせ同じこと考えた癖に!」


「土下座はしねーよ!」


 見惚れてたのは否定しないんだね……だけど、それに晶が気付いた様子はない。

 晶にしては珍しい失敗だった。

 動揺が分かりやすいのは薫だけど、晶も内心はいつも通りではないらしい。

 だけど意外なことに優良が二人の背後にいるだけで近付いてこない。

 警戒してる……? いつも無邪気な友人にしては珍しいことだった。


「ご、ごめん……ほら。ちょっと前のトラウマがさ~……」


「トラウマ?」


「九条君に話しかけた時に消臭スプレーで撃退された時の……」


「ああ……」


 そういえばそんなこともあったっけ。

 高校生になった初日に担任の先生の粋な計らいで1時間の自由時間を貰えた時のことだ。

 クラスに1人しかいない男子に浮足立って、優良はその男子生徒の九条君に話しかけた。

 その結果として消臭スプレーを思いっきり顔に噴射されて近寄るなって切り捨てられたんだっけ。

 オフ会に乗り気だった優良もこの土壇場で心の傷を思い出したようだ。


「ゆーらさんですよね?」


「う、うん」


「大丈夫ですよ。ほら、何も持ってないでしょう?」


 小声で話してたけど聞こえてしまっていたらしい。

 両の手をひらひらさせて安心させるように笑いかけている。


「そうだよね……うん、カナデが酷い事するわけないよね!」


「リアルで会うのってネットとはまた違いますもんね。大丈夫ですよ。これから慣れていきましょう」


 二人は何だか仲良さそう。

 さっきまで不安そうな顔をしていた優良も、実際にカナデさんと話して警戒を解いたらしい。

 今では意気投合して話を弾ませていた。


「とりあえず、くっ……座ろうぜ」


 薫の関節を極めながら晶が提案してきた。

 力の強い晶が苦戦してる……でも土下座なんてしたらカナデさんに頭おかしいって思われるだろうしその判断は間違いではないだろう。

 ちなみに席順はあらかじめ決めてある。

 今日のメインは私に譲ってくれることは全員が了承済み。

 なので席の順番はカナデさんと話しやすい対面の席に私が座っている。

 順番は優良、私、薫。

 その反対側に晶とカナデさんが座っているという構図だ。

 先ほどまでと違い真正面からカナデさんと向かい合った。

 カナデさんの隣も捨て難かったけど、やはり話すなら前の席だと思う。それに隣だと色々意識するだろうし。

 晶も意識してるのかカナデさんからやや距離をとっている。

 あの晶が異性を意識してドギマギしてる光景を新鮮に感じる。

 私の方も、前は前でまた違った印象があった。

 何かカナデさんと出会ってから精神状態が不安定だ。

 もう一度メンバーたちの顔を見た。見知った友達の顔を見てた方が落ち着くかもしれない。

 テーブルを挟んで広めの6人席なので座れる人数はぴったり……ん?


「あれ? りんりんは?」


 今更だけど百合が居ないことに気付いた。


「用事ができたらしい」


「え、じゃあ不参加?」


「いや、それが終わったら来るとは言ってたな」


「なんか大事な書類を届けてくるんだってさ~」


 優良が補足を入れてくれた。

 書類……百合のお母さんのかな? 届けるだけなら間に合うだろうけど、それでも昼間は過ぎるかもしれない。


「そうなんですか……りんりんさんと会うの楽しみにしてたんですけどね」


 カナデさんもちょっぴり寂しそう。

 オフ会のメンバーは伝えてあるので、百合に会うのもカナデさんは楽しみにしていたのだろう。

 そのうち来ますよ。とフォローを入れる。

 気を取り直して、さあ何をしよう? となった。

 ひとまずは飲物かな。今日はアルバイトの人たちは全員お休みなので薫のお母さんが注文を取ってくれた。


「とりあえず自己紹介でもするか?」


「そうですね。一応顔合わせは初ですからね」


 反対する意見が出ることなく順番に名乗ることになった。

 それに加えて晶の提案で名乗った後に質問タイムを設けることに。

 普通に名前だけ言うのも味気ないもんね。

 面白そうだし、有りじゃないかな。

 晶こと【ラブ】がお冷を喉に流し込む。

 そのまま名乗った。


「ラブだ。よろしくな」


 すると間を置くことなくさっそく優良が挙手をする。


「私いいかな? ずっとラブに聞きたいことあったんだけどさ」 


「おう、なんだ?」


「なんでキャラ名が【ラブ】(LOVE)なの?」


――ピシッ


 空気が硬直する。

 ゆ、優良。それは皆が気になりながらも、誰も聞けなかった闇の部分だと思うんだけど。

 オフ会という空気がそうさせるのか、いつもより奔放な行動をしてる気がする。

 だけど晶は僅かに頬を朱色に染めると律儀にも答えてくれた。


「……そういう趣旨だと思ったんだよ」


「趣旨?」


「だからな……ほら、LEINのグループ名だよ」


 それって【ゲーマー美少年捜索隊】のことだよね。

 カナデさんには言い辛いことだからだろう。若干言い淀んでる。


「出会い目的の遊びだと思ってたんだよ」


「……え? ちょっと待って。もしかして私ゲームに誘った時、そんな風に思われてたの……?」


「ああ、ゲームだと分かるまで、なんだこのビッチは? ってずっと思ってた」


 晶を【DOF】に誘ったのは私からだ。

 結構熱心に勧誘したんだけど……まさかそんな風に思われてたなんて。

 思わぬ衝撃事実に動揺を隠しきれない。


「適当にあしらうつもりだったけどな。ま、今では楽しませてもらってるよ」


「へーそうだったんだね!」


 ショックを受けている私の隣で、優良が納得していた。

 楽しそうだね……


「ゲームだって分かってたらこんな似合わない名前なんて使わなかったんだけどな」


「そうですかね? 似合ってると思いますけど」


 晶が自嘲すると、カナデさんからそんな一言が。


「そうか?」


 素っ気ない返し。

 ガシガシと頭の後ろを掻いている。でも分かる。あれは照れてる。

 平静を装ってるけど、凄い嬉しそうだ。

 尻尾があればぶんぶん振られてる気がする。


「つ、次いこうぜ」


 誤魔化すように晶が促す。

 いつもはクールな友達の珍しい姿をもうちょっと見てたかった気もするけど、からかい過ぎると怒られるだろう。

 優良が続いて名乗った。


「私はゆーらだよ~。質問ばっちこ~い」


 優良か。リアルの質問というのもカナデさんが困るはずだ。

 私たちに共通するゲームの質問が良いかも。

 しばらく悩んでから、それならばと聞いてみた。


「ゆーらってドレア好きだよね。いつも見た目変更してるけど、好きな衣装とかってある?」


 ドレアとはドレスアップの略称――つまりキャラクターの着せ替え機能のことだ。

 自身のメイキングしたキャラクターに自分の好きな装備などを着せて遊ぶことをドレアと言った。

 ステータスや、装備の強さとは無関係だけど、ゲーム内でもオシャレをする人は常に一定以上いるため人気のコンテンツだった。

 そして、優良もその一人なのである。

 ちなみに私自身も最近になってドレアに興味を持ち始めたプレイヤーの一人だ。

 だからこそ参考に聞いてみたんだけど返ってきた答えは予想とは違ったものだった。


「んー下着かな?」


「……下着?」


「細かいところだからこそ大事にしたいんだよね」


 優良は一人で深く頷く。

 確かに【DOF】は下着もメイキングできるけど、普段は装備の下に隠れているので重要度は低い気がする。

 まあ、どうメイキングするかは人に寄るし、無粋な質問だったかもしれない。

 デフォルトが多いけど、それでも拘りがある人はあるんだろう。


「今日のクロロンと同じだよ~」


「? なんのこと?」


「勝負したg」


「うぉおい!? ちょ、お、な、なんで知ってるの!? それ何で知ってるのっ!?」


 慌てて優良の口を塞いだ。

 恐る恐るカナデさんを見る……ちょっとびっくりしてるみたいだけど……聞かれてないよね?

 いや、聞かれてないはずだ。そう思いたい。

 万が一のホテル直行を期待してるなんて、さすがに幻滅される。


「?」


「し、勝負……そ、そう! 勝負したがってるんですよね! 最近PVPに興味を持ち始めまして!」


「ああ、PVPも面白いですよね。あのゲーム上手な人多いので中々ランキング上げれなくて参ってます」


 雑な誤魔化しだったけど、カナデさんが話題に乗ってくれたおかげで事なきを得た。

 あるいは私の焦った様子から敢えてスルーしてくれたのだろうか。

 何にせよ追及がなかったことはありがたい。

 た、助かった?

 けど危なかった……私は優良の耳元に顔を寄せた。


(お願いだから余計なことは言わないでね?)


(ダイエットのことは?)


(それも駄目、できるだけ印象は上げたいの)


(靴が厚底なことは?)


(それもできれば……というか本当になんで知ってるの!?)


 揉めてる間も晶はニヤニヤと楽しそうだ。

 見てないで助けてほしい。今この場でフォローできる良心は晶くらいだし。


「次はクロロンだな」


 と、察してくれたようで晶が私の名前を呼んでくれた。

 落ち着こうと、気を取り直す。

 下着とかの件はあとで詳しく優良に聞くとして……

 ふぅ、と荒くなった呼吸を整えると言い間違えの無いように名乗った。


「クロロンです。宜しくお願いします」


 真正面の想い人を前にして期待に胸を高鳴らせる。

 さあ、なんでも来いですよカナデさん!







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