After8 緊急クエスト





 黒崎加恋視点



 ソワソワしながら待っていると、薫のお母さんが注文した飲物を持ってきてくれた。

 カナデさんが一瞬だけ薫を見た。

 面影はあるから気になったんだろう。目元とか似てるし。

 それから軽くカナデさんと挨拶を交わしていた。礼儀正しいカナデさんに薫のお母さんはどうやら好印象のよう。

 自分の事ではないけど、やっぱり好きな人がそういう風に見られるというのは誇らしい気分になる。


「頑張ってね」


 薫に耳打ちをしてエールを送っていた。

 応援を送られた方はガチガチに強張って油の切れたロボットみたいになってるけど。

 というかさっきからほとんど会話に参加してない。

 小声で「やばい、やばい」って言うのはやめてほしい。怖いから。

 そんな娘の姿を見ても薫のお母さんは優雅に微笑むだけだ。対比が凄い。

 それから気を利かせてくれたのか軽く頭を下げて「ごゆっくりどうぞ」と、言っただけで下がっていく。

 薫も大人になったらあんなお淑やかな美人になるのかな……元々隠れ美少女だからそれだけのポテンシャルはありそう。

 皆で乾杯して仕切り直しってなったところで手が挙げられる。カナデさんだった。


「僕から一ついいですかね。質問って言っていいかはかなり微妙なんですが」


「ど、どうぞ」


 背筋を伸ばして身構える。

 何だろう……今更だけど悪い方に色々浮かんできた。

 ちょっぴりつけてきた香水がきついとか、値札が付いてるままだとか……付いてないよね?

 さりげなく首の後ろを確認しておいた。


「ホントに体調大丈夫ですか? なんかずっと赤いんですけど、熱あるんじゃ?」


 ツボに入ったようで晶が小さく吹き出していた。

 空気が少しだけ弛緩する。ここまで来て私の心配をしてくれるのは嬉しいけど、今はそうじゃないんですよカナデさん。

 くくっ、と頬杖をついた晶が悪戯っぽい笑みを浮かべてきた。からかうような視線に顔が熱くなる。

 矛先を逸らすように「だ、大丈夫ですよ。今日は暑いですからね」とその場をうやむやにした……というかまだ赤いんだ私の顔……お母さんにお化粧頼んだ時にチークつけ過ぎたってわけでもないだろうし、まだ緊張してるのかな。

 グラスのアイスティーを一気飲みして火照りを冷ました。


「あんま飲み過ぎると腹壊すぞ?」


 晶にお母さんみたいなこと言われた。

 緊張してるとホントに喉乾くんだよね……気温も高いし。


「鍛えてるから大丈夫だよ」


「そうか」


 言った後で、鍛えてるって何? って思った。

 晶も「そうか」じゃないよ。ツッコんでよ。

 消化器官が鍛えれるのかどうかは知らないけど、恥ずかしくなってきた。誤魔化すように残ったアイスティーを飲み干した。


「そういえばクロロンがアイスティーって珍しいね」


 隣の優良がこちらを覗き込んでくる。

 彼女の疑問は当然だ。アイスティーなんて頼んだの初めてだし。

 だけどここは当然のことのように堂々とする。

 フッと、優雅に微笑み淑女然として答えた。


「ふふっ、そう? 最近よく飲むよ?」


「でもこの前、青汁が」


 ずどっ!


 優良の脇腹に勢いよく手刀を入れた。

 美容を意識して飲み始めたら意外と美味しかったんだけど、それはシークレット情報だ。

 呻く友人へのダメージを無視して、先ほどのイメージを取り繕った。


「ほ、ほら、私外国の食べ物とか好きでしょ? ティラミスとか」


「焼きそばパンは?」


「ちょっと表出ようか」


 なんでことごとく邪魔をしてくるのか。

 天然というか悪意があるとしか思えない。

 すると耳元に顔を寄せてきて小声で言われる。


(気持ちは分かるけどさ、ここで嘘は駄目だと思うよ? いつかバレたらそっちの方が嫌われるよ?)


 お、おぉ……? 意外にも正論。

 その通りかもしれない。

 仲良くなるならいずれバレることだった。

 チラリとカナデさんを意識して、正直に言ってみた。


「……ほんとは焼きそばパンが好きです」


「? 別に隠すようなことでもないと思いますけど。美味しいですよね焼きそばパン」


 白状した。だけど、拍子抜けするほどカナデさんはあっさりしていた。

 考えすぎだったかもしれない。

 好みくらいで私たちを判断する人じゃないってことくらい分かってたはずなのに。

 だけどそれなら遠慮しなくてもいいかな。

 立てかけてあったメニューを手に取る。


「ん? クロロン何か注文するの?」


「うん、後で焼きそば頼もうかなって」


 ペラペラとページを捲って目当ての焼きそばを探す。

 ずっと減量を意識してたし、お腹空いてきた。

 我慢する必要がないなら遠慮なく頼みたい。


(やめた方がいいと思うよ?)


(ん?)


 メニューを広げた私に優良が小声で耳打ちしてきた。

 頭にはてなマークが浮かぶ。

 さっきと言ってること違くない? 嘘はよくないって言ってたのに。


(歯に青のり付くよ?)


(やめます)


 メニューを置いた。カナデさんが不思議そうにしていたので「風水的に良くない位置だったので」と、自分でもよく分からない言い訳をしておいた。

 そうこうしている内にいくつかのやり取りをして、私への質問タイムが終了。

 アピールできたかどうかは微妙なところかな……

 今後の展開で頑張らないと。


「次はレンだね」


 隣を見るとそこではガチガチに緊張した薫が喉を鳴らして飲物を流し込んでいた。

 コトッ、とグラスをテーブルに置くと、薫が気を取り直すために咳払い。

 勢いよく口を開いた。


「はじ、はじめまして! あ、わた、げほっ、げほ、ぅっ!?」


 咽返っていた。言葉も噛み噛みだ。

 大丈夫かな……今日一日も遊べるんだろうか。

 隣にいた私は背中を擦る。落ち着いてきたようで薫が名前を口にする。


「れ、レンです。質問はお手柔らかに……」


 すると次はカナデさんが質問をするようで手が上がると、その瞬間、ビクーン! と、視界の端で薫が体を強張らせるのが見えた。


「じゃあまずは無難に、好きな食べ物とか」


「ティ、ティラミスです!」


「それ私のなんだけど」


 ティラミス好きの権利を主張したけど、別にティラミスは誰のものでもなかった。

 それにさっき優良にも言われて嘘はつかないと決めたんだった。

 大人しく薫の自己紹介を見守る。

 だけどカナデさんを前にした薫は次第に緊張の度合いを増していく。

 その様子にいつかクラスメイトの男子に話しかけて鼻血を出した事件を思い出す。今回は平気だろうか?


「ひっ、ひっ、ふー! ひっ、ひっ、ふー!」


「……大丈夫か?」


 過呼吸気味に吸って吐いてを繰り返す薫の背を、再び私が撫で擦る。

 晶も声を掛けてくれる。皆も心配していた。

 大丈夫かな。カナデさんに不審がられてないだろうか……

 薫の方はこのままだと本当に倒れそうだったので次に順番を回した。 

 トリを飾ることになったカナデさんが名乗る。


「カナデです。何でも聞いてください」


 来た来た。 

 ついにカナデさんの番。聞きたいことは山ほどある。

 胸の奥が不意にワクワクと鼓動を高めてきた。

 差し当たっては、交友関係だろうか。

 主に女友達と彼女が何人いるのか。それと好みの異性の情報も知りたいところ……一夫多妻の現代においてカナデさんレベルの男の人なら愛人が10人いようと驚かない。

 だけど直接聞くような愚行はできない。

 遠くから攻めていこう……あ、休日は何してますか? とかどうだろう。

 普段の行動から何人くらい友達がいるかが分かれば――


「はいはい! しつも~ん!」


 一番手に挙手したのは優良だった。

 ソファから立ち上がって食い気味に手を上げる。

 今日くらいは譲ってほしかったけど、全く遠慮しないね……そこが人によっては愛嬌だと受け取る部分かもしれないけど。

 私も何だかんだでずっと友達をしてるから慣れはある。

 いつもの事なので、仕方ないな、と内心で諦めた。

 それに私にメインを譲ってくれたと言っても優良だってカナデさんとのオフ会を楽しみたいだろうし。


「カナデってゲームとか好き?」


「ん? 好きですよ。皆といつもやってますからね」


「ん~そういうのじゃなくてさ」


 すると優良は自分の鞄をガサゴソと漁り始めた。

 さっきから気になってたけどやたら嵩張ってるし、何が入ってるんだろう?


「これとかどう? オフ会と言えば、みたいなゲームいっぱい持って来たんだ」


 優良が取り出したのは1リットルのペットボトルほどの太さの黒い筒だった。

 筒にはいくつかの棒のようなものが入ってる。

 くじ引きに使われそうな形状だった。カナデさんが「これは?」と、優良に尋ねた。


「王様ゲームで使うやつ」


「それ合コン」


 しかも今時は、合コンでも使われなくなったゲームだ。

 そもそも男の人に命令するなんて畏れ多い。

 実際、命令された男の人が帰ってしまいお通夜のような空気になったみたいな話も王様ゲームがまだ普通に行われていた時にはあったとネットで聞く。

 何故知ってるかというと私もオフ会で何か使える物はないかと思って調べたから。

 なのでこういった男女の集まりで王様ゲームがタブーであることは理解しているつもりだ。

 だけどカナデさんってガード緩いし、もしかしたらやってもらえるかも。

 ムフフな展開に持って行けたり……って、いやいや、カナデさんの優しさに甘えたら駄目だ。

 煩悩を振り払う。


「他にも色々持ってきたんだよ?」


 優良は、ガサゴソと鞄の中を漁ると、その中からゲームに使われるだろう物を取り出した。

 中には一見すると用途のよく分からない物とかもあったけど……これ全部何かの遊びに使えるものなのかな。


「皆が良いなら遊びたいな~って思ってさ、どう?」


 オフ会と言えば遊んでるゲームの話で盛り上がるイメージがあった。

 実際そういうものだと思う。

 だけど、優良の提案も悪くないかもしれない。

 王様ゲームはさておき、これだけ色々と用意してあるならカナデさんが気になるのだってあるだろう。


「本当はもっといっぱい持ってきたかったんだけどね。入りきらなくてさ」


「詰めすぎだよ……ポーチとかもそのまま入ってるし……あ、トランプとかもあるね。これは何?」


「タロットだよ。占いとかに使うんだ」


 そんな中でカナデさんが手を伸ばしたのは――


「これはなんです?」


 何かを手に取った。それが何なのかはパッと見では、私にも分からなかった。

 興味深そうに長方形のケースを手の中に収めている。

 アルファベット表記で書かれた小さな箱のようなもの。

 なんだろう? 見覚えがあるような気もするけど……


「え゛っ」


 何気なく、そちらを見てギョッとした。

 まだ誰も気付いていない。

 呑気に黒ひげ危機一髪のゴム製ナイフをぐねぐね曲げて遊んでいる優良の肩をちょんちょんと指先で突いた。


(ね、ねぇ……あれ、ピルに見えるんだけど……)


 尋ねても本人は、そんなまさか、と言わんばかりの余裕な表情。

 それを見て安心する。

 そうだよね。まさか避妊薬があんなところに無造作に入れてあるわけないよね。

 ならあれはなんなんだろう? 優良がそちらを確認する。


 動きが止まった。


 優良が一点を見据えたまま動かなくなる。

 私の願いも虚しく隣から小声で「あ、やば……」と、聞こえてきた。




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