第6話 ボイスチャット
黒崎加恋視点
学校から帰り自室に籠る前に、そういえば飲み物を忘れていたと一旦キッチンへと向かった。
冷蔵庫からお茶を取り出して階段を上る。
私の部屋は2階にあるので何度も上り下りをするのはちょっと面倒だ。
階段を上る前に立ち止まって他に必要なものを忘れていないかと考えていると、廊下の先からぱたぱたとスリッパの足音が聞こえてきた。
「あ、お姉ちゃん丁度良かった!」
そこで何やら嬉し気な妹と遭遇した。
まだ学校から帰ったばかりなのか中学の制服姿だ。
高めのテンションで話しかけてくるけど、何か良いことでもあったのかな。
けど私の方でもすぐに咲の変化に気付いた。
「あ、カチューシャ変えた?」
「分かる? えへへ、ちょっとネットで友達にアドバイスもらってさ」
似合ってるかどうか聞かれたので素直に答える。
妹は私よりも背が低く、あどけなさが残る顔をしているので、大きな黒いリボン付きのカチューシャはとてもよくマッチしていた。
というより咲にネットのフレンドなんていたんだ。
あまりそういうことに詳しくないからネットゲームやチャットルームは利用しないイメージだったけど。
咲は嬉しそうにはにかむと「あ、そうそう」と、続けた。
「この前漫画借りてたでしょ?」
「ああ、うん。読み終わった?」
買ったばかりの漫画を妹に貸していたのだ。
読み終わったのかな。
「それはまだだけど誰かと話したくてさ。実は男でした展開は最高だね!」
お、我が妹ながらよく分かっている。
ずっと一緒に居た仲の良い幼馴染が実は異性だったことが判明するのが最新刊の展開だったはずだ。
それまでは、いつ主人公が気付くのかとヤキモキしてたけど……
「今回ので一気に話が進んだ感じだね」
だけど読み終わってないなら迂闊なことは言えない。
ネタバレしないように言葉選びに気を付けながら相槌を打った。
「うんうん、どこまで読んだ?」
「丁度そこまでかな。もう少しで読み終わると思うよ」
ならほんとにあとちょっとで読み終わる感じかな。
すると咲が興奮冷めやらぬ様子で聞いてきた。
「お姉ちゃんにはそういう人いないの?」
いたら紹介してよ、ってことかな。
確かに漫画に憧れて影響を受けるってのはよくあることだよね。
でも残念ながらそんな相手がいたら、処女なんてとうの昔に捨てている。
そう答えかけたけど喉元まで出た言葉が止まった。
カナデさんが脳裏に浮かんだからだ。
「実はどっちか分からない人がいるんだよね」
「ん? なにそれ?」
咲が話に食いつく。
どうやら興味を惹かれたようなので、ちょっとだけ見栄を張りつつ答えた。
「ネトゲで男の人みたいな人がいるんだよね」
咲にはどうせ真実かどうなんて分からないんだし、強がってもバレないよね。
「あーはいはい」
すると興味を失ったように咲がぶらぶらと手を振った。
「何その反応……ほんとに男の人だったらどうするの?」
「はいはい。こういうの出会い厨って言うんだっけ? 乙~」
適当過ぎる反応にムッとした。
咲はあまりゲームをやらない子だ。
多少はやったりするけど方向性は別なので一緒にプレイしたりすることは少ない。
咲にもネットゲームの良さを語ってあげるべきだろうか。
そしたらきっとこんなネットゲーマーを小馬鹿にするような軽口も言えなくなるはずだ。
1時間とかでも私は語り尽せない自信があるけど?
すると咲は私から不穏な気配を感じたのか慌てて訂正するように言ってくる。
「ごめんごめん。でもお姉ちゃんって昔はゲームとか嫌いじゃなかった? いつからそんな廃ゲーマーになっちゃったの?」
「いや、廃じゃないから。ライトなエンジョイ勢だよ私は」
「その辺よく分からないけどさ……でもわりと前から不思議に思ってたんだよね」
それに対してはノーコメント。
色々あったんだよ、と言って曖昧に濁した。
「そうなの?」
「そうなのそうなの」
適当な話題で逃げると、そのまま自室へと向かった。
さっそくパソコンの電源を入れて【DOF】を起動した。
だけどまあ、あり得ないことではあるけど……もしもカナデさんが男だったらどうしよう。
「いやいや……」
自分でも、ないない……と煩悩を振り払った。
カナデさんは大切なフレンドだ。
それはこれまでもこれからも、きっと変わることのない事なのだろう。
ぴろりん!
LEINがやってきた。
グループではなく薫個人からのメッセージだった。
『加恋、お願いしますよ?』
『分かってるって』
直前で念押ししてくる薫のLEINに苦笑した。
個人のLEINで送ってきたのは他の皆に知られないためにってことかな。
私もさすがにそのくらいは分かっているので簡単に薫へと返事を送る。
LEINアプリを閉じて、さっそく【DOF】のキャラクター選択を行うと、軽く挨拶の定型文のやり取りを繰り返しながら直前の薫からの言葉を思い出した。
「んー……考えすぎだと思うけどな~」
装備作成ができる装備屋の工房で炎帝装備一式の素材を確認すると、残りの必要素材の数は少数だった。
でもこの前のドロップ率アップのイベントで完成しなかったのは痛かった。
どうするかとフレンド一覧を見ると丁度カナデさんがインしてきた。
タイミングよくログインしてくれたので、これ幸いにとPTに誘ってみる。
炎の魔龍だったり、この配信者の攻略動画が面白かったーとか色んな事を話すと、カナデさんはいつものように男の人のふりをしながら話してくれる……やっぱりこの人話しやすいな。
そして、装備の相談がひと段落した辺りで、それとなく聞いてみた。
『そいえばカナデさんってVCやってます?』
◇
大鳥奏視点
『やっぱり炎耐性は必須ですよね。最近は属性攻撃のボスも増えてきましたし』
『僕は気絶耐性が欲しいですね』
夕方の午後17時。
社会人や部活動に励んでる人はまだ頑張ってたりするんだろうけどニートには関係なかった。
今日も今日とて【クロロン】さんと【DOF】だ。
なんか最近この人とばかり遊んでる気がするけど……まあいいか楽しいし。
『中途半端になりますけど両方取るとかは?』
『いっそ攻撃を全部避けるというのはどうでしょう』
『www』
ちょっとしたボスでの戦闘とその後のレベル上げもひと段落。
まったりとゲーム内にあるマイハウスで【クロロン】さんと耐性装備の相談をあーでもないこーでもないとしていると不意に彼女が言ってきた。
『そいえばカナデさんってVCやってます?』
チャット欄に表示された【クロロン】さんの一言に僕は首を傾げる。
VC? なんだろう、新しいネトゲか何かのタイトルだろうか。
『ボイスチャットのことですね、スケイプとか知りません?』
あーなるほど。
やったことはないけど聞いたこと自体はある。
それがどういうものなのかも知識としては知っていた。
『お互い通話できるなら連携も取りやすくなると思うんですよね』
『確かにそうかも……やってみますか?』
確かにチャットしながらキャラを動かしてスキルを使用したりアイテムを使うよりかは言葉で話した方がやりやすいだろう。
通話オンリーのPTも見たことはある。
【クロロン】さんとはそれなりに長い付き合いになってきた。
それに通話に抵抗もないしやってみようかな?
『あ、でもカナデさんってマイクありますか?』
『確かこれパソコンに内蔵されてる型なので大丈夫だったはず、たぶん』
あ、でもこの世界って貞操観念逆転してるんだよね。
その辺どうなんだろう?
「あー」
スマホで録音して他人から聞こえる僕の声を確認する。
うーん、やや中性的だけど女性の声には聞こえないな。
少し悩む……けど、まあいいか。
ネットゲームに性別が関係ないのはいくら希少でも共通のはずだ。
それに【クロロン】さんに対して僕はずっと自分のことを【僕】と言っていた。
向こうも男だと分かっているはずだし何の問題もない。
『了解です、待ってますね』
『はーい』
検索エンジンにキーワードを打ち込んだ。
公式サイトへ飛ぶとダウンロードページがあったのでそこを表示。
どうやらスケイプは有料版と簡易無料版の二つがあるらしい。
お試しとして無料版の方をダウンロード。
ダウンロードを終えるとデスクトップにショートカットが出てくる。
クリックして情報を設定し、登録完了。
さっそく【クロロン】さんのスケイプIDを登録して無料通話をところをクリック。
てれれれれん♪
メロディが流れ始める。
電話してるみたいだななんか。
ちょっとワクワクしてきた。
『こんにちは、カナデさんですか?』
おーこれが【クロロン】さんの声なのか。
良く通る可愛らしい声だ。
アニメキャラクターにこんな声のヒロインがいた気がする。
声を聞いた感じ歳はそこまで離れてない。
というか以前に高校生だと言っていたことを思い出した。
「はい、こんにちは、そちらはクロロンさんですよね?」
『え』
向こう側で息を飲むような音が聞こえてきた。
そのまま沈黙。
あれ? もしかして相手間違えた?
「? すみません、間違いでしたかね?」
咄嗟に確認のために登録名を見るけどそこにはいつも遊んでいるフレンドさんのキャラ名があった。
事前に聞いていたものと同じ名前。
一見間違いなんて無いように思えるけど……それでも不可解な通話相手の反応に首を傾げる。
『あ、いや、いえ……クロロンです……』
なぜか歯切れの悪くなった【クロロン】さん。
つっかえたような喋り方で僕も気になる。
『あのっ、つ、つかぬことをお伺いするのですが……』
妙に畏まった様子の【クロロン】さんに思わず笑みがこぼれる。
「あははっ、なんですかクロロンさん。いつもみたいに話してくださいよ」
慣れない通話に緊張しているのだろうか。
『あ、あははははは……えーと、カナデさんって』
「はいはい、なんでしょう?」
『……いえ、す、すみません! なんでもないです!』
慌てた様な動揺が伝わってくる。
それから二言三言話してみるけど全部上の空みたいな感じ。
不思議に思いながらも会話を続ける。
「今日はなにをしましょう?」
『…………』
「クロロンさん?」
『あっ、いえ! ごめんなさい! ちょっと用事を思い出しました!』
「? 分かりました。また宜しくお願いします」
『はひ! お、お疲れ様でしゅ!』
――……通話を終了しました。
「なんだったんだろう? 変なものでも映っちゃってたかな?」
部屋にある姿見を覗き見ても変なところはない。
部屋も片付いているし、自分の顔もいつも通りだ。
というかそもそもこれはビデオ通話じゃないから顔は映らない。
「んー? まあいいか」
僕は特に気にすることなくスケイプを閉じた。
◇
黒崎加恋視点
動揺のあまり嘘をついてしまった。
何をやっているんだ私は。
いくらなんでも失礼だ。
今度謝らないと……で、でも。
中性的、しかし女性とは決定的に違う声のトーン。
「男……?」
いや、待て待て待て。
カナデさんはネナベだったはずだ。
実際にそう言ったわけではないけど……あれ?
私の勘違い!?
「お、おおおぉ、落ち着きなさい黒崎加恋……! これはあれよ、母性……っ、いやっ、父性……でもなくてっ、な、こっ、これなに!?」
自分の感情が分からない。
むず痒くて妙にソワソワする。
部屋の中をぐるぐるうろうろ。
「お姉ちゃん? 借りてた漫画だけど……って、どうしたの?」
ノックしなさい妹よ。
そんないつもすらすら出てくる言葉も出てこない。
今ばかりはそんな些細なことは気にならない。
「咲……ずっと仲の良い女友達だと思ってた幼馴染が実は男だった時の主人公の気持ちを述べなさい……」
「え? さっきの漫画の話?」
「うん……そんな感じ」
「それはあれだよ。恋愛感情とエロい気持ちの」
「あ゛あぁぁ゛ぁ……」
言葉を遮るような呻き声しか出ない。
妹が変人を見る目で見てくる。
「ど、どうしよう、どうしたら……あああ、やばいやばい」
男だったらいいなと思ったことはある。
それは正直な気持ちだ。
ただカナデさんが男だったとしても異性としてはそこまで意識することはないだろうと思ってた。
あくまでもゲームという現実の延長線上にはないはずのものだった。
所詮は電子空間の中の話――
なんて、そんなわけはない。
だって、よく考えてもみてほしい。
今までロクに仲良くしてこなかった……いや、できなかった男の子。
男の人と仲良くしたいと思いながらも勇気を出したら対価として返ってくる舌打ち。
私は心のどこかで男を怖がっていたんじゃないか?
だけど、そう思えば思うほど積み重なっていくモヤモヤとした感情。
身を焦がすような異性への欲望。優しい男なんていないと分かっていたのだ。
仲良くしたいのにできないという、そんなどうにもならない絶望的な現実から逃避するしかなかった。
だけどカナデさんは違う。男の人、それも普通にお話のできる二次元みたいな人だった。
今までのカナデさんとの楽しい会話が走馬灯のように脳内を駆け巡る。
思い出されるのは直前まで聞こえていたカナデさんの優しそうなイケメンボイス。
カナデさんと今まで以上に仲良くしたい。
「オフ会……とか」
……いや、待て馬鹿か私は。
そうやってすぐに下半身に直結するのは悪い癖だ。
薫じゃないんだから。
どれだけ単純なんだ……飢えすぎだろう。これではまるで出会い厨ではないか。
だけど、もしもこのことを薫が知ったら……いや、さすがの薫もゲームの中の相手には……
「……やる気がする」
私ですらここまで意識してしまってる。
カナデさん信者のあの子なら絶対やる。
全力でカナデさんを自分の現実に引きずり出すと思う。
というか実際それは口癖レベルで公言してるし。
え、でもそうなると薫とカナデさんが恋仲になる場合も……あ、無理、それは無理。
もしそうなったら嫉妬で人を呪い殺せる。
私もどうやら薫のことは言えなかったようだ。
だけどそれは向こうも同じはず。
今更『男だって分かったから私も狙っちゃうね!☆(`ゝω・´)vキャピィ』なんて言ったら……『(*'д'c彡☆))Д´)パーン』こうなる!
あああ、薫に寝取られる……別に私のものでもないけど……!
なんであんな簡単に言っちゃったんだろう。
彼女の言っていたことは事実だった。
私たちの友情に亀裂が入る事案だった。
「乳首引き千切られる……ど、どうしよう咲……っ」
「あの、状況が全く呑み込めないんだけど……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます