第5話 美少年説
黒崎加恋視点
昼休憩。
鈴ヶ咲高校の学食は非常にリーズナブルで財布に優しい値段のものが多い。
特に日替わり定食はたったワンコインで満足できるほどコスパが良い。
今日の日替わりメニューはひき肉をたっぷり使ったハンバーグ定食だったのでそれを注文。
席を取ってもらっていた友人たちの所へ向かうと食べるのもそこそこに二人が言ってきた。
「カナデは男だと思う」
「完全に同意ですね」
付け合わせのニンジンを口に運びながら私は2人をまたか……と、ジト目で見た。
やや癖のあるショートヘア。
相変わらず巨乳がうっとおしいのか制服の胸ボタンを1つ外しているヤンキーっぽい子が【早乙女晶】。
晶の方は名前が中性的なので名前だけを聞いた時に、男か!? と期待してしまったことがある。
高身長で声もハスキーボイスなので生まれてくる性別を間違えたのではないだろうかって感じだ。
言葉遣いも男みたいなのでたまに後輩の女子から告白されているらしい。
【DOF】のプレイヤーにして【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバーでもある。
眼鏡をかけた三つ編みの地味っ子が【西条薫】。
薫は実はかなりの隠れ美少女だ。
一度眼鏡を外して三つ編みも解いてもらったことがあるけど「誰!?」って言ってしまった。
重度のオタクでアニメや二次元のような美少年との出会いをいつでもウェルカムだと公言しているちょっと変わった子。
こちらも【DOF】プレイヤーで【ゲーマー美少年捜索隊】の方にも所属している。
【ゲーマー美少年捜索隊】で【カナデ】さん美少年説を至極真面目に信じているメンバーの内の2人である。
ほかにもメンバーはいるけど長くなるので説明は割愛しよう。
「……それに関しては結論出たでしょ?」
「それは私と晶のいないメンバーの間ででしょう?」
うんうん、と晶が頷く。
だけど――と、私が何か言おうとしたのを晶の言葉が遮った。
「いや、アタシには分かる。普通ネナベなんてやってるやつは独特の雰囲気がするんだ。カナデは……いざ言葉にすると難しいんだけど本当に男みたいなんだよ」
「それは分かるけどさ……」
確かに自然体ではある……けど、その反面あんなに優しい男の人がいるわけないっていうのも理解している。
でも、晶は妙なところで勘が鋭い。
野生生物じみてるとすら思うこともある。
ここまで自信満々に言われると本当にそんな気がしてくる、ようなしないような。
「実際カナデも否定してないんだろ?」
うーん。
そこは確かに自分も不思議に思っていた。
カナデさんは嘘をつくような人じゃない。
だけど以前性別をそれとなく聞いた時は否定しないし。
ちょっと曖昧な返事だったけどそこはこちらも曖昧に聞いてしまったからなのか……謎な人である。
本当はズバッと聞きたいんだけど、曖昧になってしまったのは仕方ないと思う。
性別聞くのってなんか失礼な気がするし。
あ、それならばと名案が浮かぶ。
「それならボイチャは?」
「あーボイスチャットか」
ボイスチャットとは、その名の通り声で行うチャットのことだ。
簡単に言うと電話みたいな。
電話と違うところは色々あるけど、一番の利点は無料通話があるところだろうか。
手が塞がらないので同時に違うことをしながらでもできたりする。
そのためネットゲームではよく利用されていて、私も以前知った時は便利そうだなと印象に残った記憶があった。
確かビデオ通話機能もあったはずだ。
それならカナデさんの性別の確認もできるし、【DOF】中のチャットによるタイムロスも省ける。
「苦手なんだよな……」
そう言って苦々しい表情を浮かべながら頭の後ろを掻いた。
晶は自分の声がコンプレックスだと言っている。
凄い格好良い男の人みたいなハスキーボイスだと思うけどあまり好きじゃないのだそうだ。
無理にとは言わないけど……
「私は反対です」
意外なことに薫も反対らしい。
理由を聞いてみる。
「絶対カナデ様争奪戦が勃発すると思うので」
薫はカナデさんを信仰するあまり様呼びだ。
今では慣れたけど当初は驚いた。
いや、というか引いた。
「カナデ様が本当に男だった場合、私たちの友情に亀裂が入ると思うんですよね」
「その時はみんな仲良くカナデさんと」
駄目ですよ! と、また遮られる。
やや身を乗り出し気味に薫が言ってくる。
「カナデ様こそ私の王子様! カナデ様を信じることができないような雌豚共には渡せません! 私が! カナデ様のオンリーワンになるんです!」
両手の拳をそれぞれぐっと握りしめての力説。
もう完全に独り占めする気満々なのね……というか興奮すると友達を雌豚って呼ぶ癖は直した方がいいと思う。
100%男の人に引かれると思うから。
「だからこそ私はお前たちに言い聞かせているのです! カナデ様は男性です! もう私だけの御方なんですうぅっ!!」
一夫多妻の現代でこういう考え方は珍しいと思う。
仮にそう思ってはいても主張する人は稀。
何番目でもいいから愛してほしいっていうのがほとんど共通認識に近い考えだから。
だけど、薫は独占欲が強い上に頻繁に暴走する。
今みたいに。
「う、うん、分かった分かった。一旦落ち着こう? 凄い見られてるから」
薫を座らせて落ち着かせる。
なんだろうと、こちらに視線を向けてくる同じ高校の仲間たちの視線が恥ずかしくて少しだけ声を落とした。
未だに息を荒くしてるクラスメイトを心配に思いながら提案する。
「私が確認しようか? ボイスチャットで」
「駄目だって言ってるじゃないですか!」
薫曰く抜け駆けが怖いのだそうだ。
だけどこれは私にも言い分がある。
「なら薫が確認する?」
うぐ……と、頬が赤く染まる。
そのままモジモジとし始めた。
「そ、それは……」
そうなのだ。
薫は超の付く変人さんだけど、それと同時に超が3つ付くほどリアルの男の人に免疫がない初心な子でもあるのだ。
オタクとか処女を拗らせすぎてる色々と勿体ない隠れ美少女なのである。
だから男の人と話ができるのは【DOF】の中だけ。
前に勇気を出してクラスの男子に話しかけていたけど可哀想なくらいテンパっていた。
その後、緊張と興奮のあまり鼻血出すし、男子からはキモいって言われるし……散々な結果に終わっていた。
それから風邪で1週間寝込んだのはおそらくそれがショックだったのだろう。
不調になるほど落ち込むなら最初から声かけなかったらいいのに……なんて言うのは簡単だけど理解はできる。
やっぱり男の人と仲良くしたいっていうのは、どんな女の人だろうと思ってることだろうから。
「どうせこのままだと平行線でしょ?」
「……分かりました。だけどもしも男性だった時は……」
「はいはい、その時は譲るわよ」
「言いましたね!? もし嘘だったら乳首引き千切りますからね!?」
なんて恐ろしいことを。
薫なら本当に実行するんじゃないかって思えるから笑えない。
私は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「大丈夫大丈夫」
この時の軽口を私が後悔することになるのは――もう少しだけ先の話だ。
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