第7話 異性ってだけで何かソワソワするアレ





 黒崎加恋視点



 起床時間はちょっと遅めの朝7時20分。

 まだ寝ている頭で目覚ましのアラームを止めるとしばらく布団の中でもぞもぞ動く。

 やがてちょっとずつ頭が起き始める。

 ベッドから起き上がりググッと体を伸ばした。


「んー……」


 ごしごしと半分くらい閉じてる目を擦りながら昨日のことをぼんやりと思いだした。

 昨日のカナデさんの衝撃事実のせいで中々眠れなかった……

 結局ゲームをするような気分にもなれずに部屋の中でゴロゴロしてたし。

 自分でもよく分からないけどとにかく落ち着かなかったのだ。 

 寝ぼけ眼でスマホを見る。


「あ、メッセージ入ってる」


 スマホで時間を確認すると【DOF】のフレンドさんからメッセージが入っていた。

 なんだろう? 昨日は珍しくインしなかったから誰かが心配してくれたのかな?

 って、カナデさん?

 相手の名前には確かに【カナデ】の3文字が。

 不意に胸が締め付けられるような不思議な感覚がした。

 少しだけ心音が高鳴る。


「………」


 なんとなく……特に意味はないんだけど鏡を見て前髪を整えた。

 無意味にばっちり寝癖を直してからカナデさんからのメッセージを確認する。


『こんばんは、クロロンさんの欲しがってた黄金蛙の勾玉が偶然ドロップしたんですけどいりませんか?』


 おぉ……何か妙な感じ。

 いつもならやっぱりカナデさん優しいなーで終わるメッセージだけど、男の人だと分かってから見ると無性にクルものがあった。

 メッセージの来た時間は昨夜21時。

 どうやら私はゴロゴロするのに夢中で気付かなかったようだ。

 急いでメッセージを作成する。

 今更急いでも遅れ過ぎてる気はするけど……


「えーと、おお、ありがとうございます……っと」


 メッセージを作成。

 よし、あとは返信を……のところで少しだけ冷静になる。

 もう一度文面を確認してみた。


『おお、ありがとうございます! 千寿の魂と交換でどうです? 今なら女子高生がついてきますよ?w』


 ……慌てて全文を消去する。

 どうやらまだ寝ぼけているらしい。

 こんなセクハラメールを男性に送ったらいくらなんでも引かれるに決まってる。

 再び文面を作成する。


『おおー! ありがとうございます! カナデさん愛してるー!』


 いや、これも駄目な気がする。

 なぜここで愛の告白を……どうしたんだ私。

 まだ起きていないのか、ぼーっとするし……両手で頬を叩いて頭を完全に起こした。


『返事遅れてごめんなさーい! おはようございます! 千寿の魂と交換でどうです? 確かカナデさん必要だって言ってましたよね?』


 するとすぐにカナデさんからの返信が。

 

『おはです。おお、ありがとうございます! ぜひお願いしますb』


 なんだろう、無性に顔が熱い。

 表情筋が緩んで口がニヤニヤしてしまう。

 相手が異性というだけでこうも印象が変わるものなのか。


「お姉ちゃーん? ご飯だってさー!」


 下の階から妹の声が聞こえてくる。

 どうやら中々起きてこない私を起こしに来たらしい。

 すぐ行くと起きてることをアピールして、カナデさんにそれを伝えた。


『そろそろ支度しないとなので行ってきまーす!』


『はーい! 頑張ってくださいね! いってらっしゃい~』


 ……うん、なんだか新婚みたいな感じがする。

 男の人とこんな風に穏やかに会話しながらおはようからいってらっしゃいまで……むずむずする。

 胸の奥からよく分からない感情が込み上がってきた。


「ぐふぅ……っ!」


 私は熱を持った顔を枕にうずめていた。

 そのまま足をバタバタさせる。

 こういうの凄く良い。

 そういう事実はないけど、恋人同士みたいな。

 私はなんとなく照れ臭くてお母さんが呼びに来るまでずっとベッドの上で悶えているのだった。





「……おはよう、加恋」


 教室を開けて自分の机へと向かう。

 最初に声をかけてきたのは落ち込んだ様子の優良だった。


「うん、おはよう優良。って、どうしたの? なんか元気なくない?」


「九条君におはようって言ったら死ねって言われた……」


 あー……ご愁傷様。

 九条君はこのクラス唯一の男子生徒だ。

 性格はちょっときつめ……というか今の会話で分かる通り女子を憎んでるんじゃないかってくらい嫌っている。

 目には目を、歯には歯を、挨拶には舌打ちを、みたいな感じの男子だ。

 顔は可もなく不可もなくと言ったところだと思う。

 それでも一定以上の人気が常にあるのはやっぱり男の人だからなのだろう。

 いつもなら九条君を見て私も心を潤すけど今日はそんな気にはならなかった。

 理由は間違いなくカナデさんだろう。

 男の人とあんなに温かみのあるやりとりをした後なのだ。

 もう私の心は潤いきっていた。


「加恋、どうでした?」


 振り向くとカナデさん信者である薫の姿が。

 その隣には相変わらず制服を着崩した晶もいた。

 どうやら気になって隣のクラスまでわざわざやってきたようだ。

 挨拶を軽く済ませると待ちきれないようでさっそくボイスチャットの結果を聞いてくる。


「うん、凄く可愛い女の人の声だったよ」


 予め考えておいた嘘を口にする。

 ふっ、ごめんね薫。

 私はカナデさんを狙っている貴女のことをもう友達として見ることはできないかもしれない。

 カナデさんを狙っているのはもう薫だけじゃないんだよ。

 ちょっと申し訳ない気はするけど、私だってカナデさんともっと仲良くしたい。

 これからは宿敵、ライバルとして――


「加恋は嘘を付くとき絶対にちょっとニヤけるんですよね」


「…………」


 新事実だった。

 縋る様に優良を見る。


「うん? 私もそれ知ってるよ? 加恋以外みんな知ってるんじゃない?」


 OH……私は顔を引き攣らせる。


「……いや、違うのよ」


 スッと目を細める薫。

 それはまるで蛇のように暗く、鷹のように鋭い眼差しだった。

 完全に裏切り者を見る目。

 

「晶、乳首引き千切り器を用意してください」


 乳首引き千切り器ってなに!?

 そんな私の当然の疑問は関節を極めに来た晶によって言葉にできなかった。





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