第2話 ニートの日常
大鳥奏視点
総合病院の自動扉を抜けると、心地良い日差しが目に入った。
あれから僕は数回の精密検査と経過観察を経て無事に退院。
看護師さんたちにやたらと惜しまれたのはやはり男だからなのだろう。
ちょっと日常会話をしただけで男に優しくされるなんて初めてだと言って感激してくれる人が多かった。
さすがに手が触れただけで鼻血出されたのは驚いたけど。
自惚れかもしれないのを承知で言うけどあの顔は僕のことを完全にそういう対象として見てたんじゃないだろうか。
顔合わせて挨拶するだけで美人な看護師さんたちが頬を赤く染めて挙動不審になる姿はちょっとした男としての優越感を感じた。
「またいつでも来てくださいねえええええ!!」
「ハンカチありがとうございましたあぁーー!!」
「好きですー!」
「私もーっ!!」
だからってまさか総出で見送ってくれるとは思わなかった……
いつでも来てくださいって、仮にもここ病院だからあんまり洒落になってない気もするけど。
というか見送りは絶対やめてくれって言ったのに……
恐らく主犯である主治医を見ると親指を立てて満面の笑みを浮かべてきた。
あの笑顔引っ叩きたい。
顔を引き攣らせながら、それでも何とか笑みの表情を作って手を振り返した。
ワァー! と歓声が聞こえてきた。
気を取り直して歩き出してこれからのことに想いを巡らせる。
「よし、まずは準備だね」
僕は事故に遭った際にこの世界の大鳥奏の体に入り込んでしまったらしい。
自宅もあったし住民票もあった。
この世界の僕の魂がどこに行ったのか……なんて気にならないでもないけど……
まあそこを考え出すとホラーなことになりそうなので気にしないことにした。
まずは学校中退の手続きと補助金の申請。
引き籠るための食糧などを買い込み、ちょっと古かったパソコンも新しいゲーミングPCへと買い替えた。
この世界のことを調べるために図書館へ向かったりもした。
男女の比率は実に女性100人に対し男性が1人。
男はかなりの希少生物として女性から見られている……たまに怖いと感じる視線もあったけどもう僕には関係ない。
なぜなら今の僕はニートなんだからね。
あとやっぱり病気は怖いし、部屋の清潔さとか食べ物の栄養にも気を遣いたいね。
それと補助金の話に戻るけど、これを申請するなら成人後の精子バンクへの精子提供が義務になる。
まあまだ何年か猶予あるしその間はニートさせてもらおう。
◇
「そこは蘇生じゃなくて全体回復で戦況を安定させるべきでしょ」
パソコンの前で僕は同じパーティー仲間のコマンド選択に文句を言った。
聞こえないとは思うけどそれでも20分近くかけて行ったボス戦でのミスは大きかった。
案の定仲間たちは総崩れ。
蘇生させた仲間もすぐに死亡して残ったのは僕の前衛キャラが1人だけ。
ヒーラーを失ったそんな状況で前衛職が戦い続けることなんてできるわけもなく……
「あー……負けた」
パーティー解散後に軽く挨拶をするとゲームの電源を落として、そのままベッドへと横になった。
柔らかい音を立てて体が布団へと沈み込む。
「もう2年か……」
この世界に来て早くも2年。
僕は変わらずニートだった。
幸い家族どころか、逆転世界にありがちな可愛い妹すらいないので全力で孤独を謳歌しているというわけだ。
ほぼ24時間いる自室内の目立つものは漫画本とPCくらいだろうか?
それ以外はスマホやリモコンなどというちょっとした小物が並んでいる。
片づけるのが面倒だからという理由で必要じゃないものは買わないようにしているのだ。
散らかってるよりはいいけど我ながら何とも飾り気のない部屋だなと思う。
そんなところへスマホにやってきた通知音。
なんだろうと思い見てみると【ドラゴン・オブ・ファンタジー】略して【DOF】のフレンドさんから【DM(ダイレクトメッセージ)】が届いていた。
『カナデさん、これから炎の魔龍の周回討伐に行くんですけどどうです?』
【DOF】は、基本料金無料のMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)なんだけど……まあ、平たく言えばネトゲだ。
知らない人とネットワークを通じることで協力してモンスターを倒したり、競争したりするゲームだと思ってもらえればいい。
最近はこういうゲームの普及も増えてきたので、聞いたことすらない人のほうが少ないんじゃないだろうか?
ニートの心強いお供である。
すぐさま返事をした。
『おー、いきますいきます。僕は何のジョブで行けばいいですか?』
『アーチャーで後方から耐性支援とかできます?』
『りょ!』
再び【DOF】を起動。
やっぱりネトゲは楽しいね。
前の世界でもやってたけど、こうして時間を気にすることなくプレイ時間を積み重ねれるってのは最高だ。
入浴してるときみたいなまったりとした時間の流れ。
うんうん、これぞまさにニート。
ゲームを起動して中央広場へと向かうと既に先ほどのメッセージの相手である【クロロン】さんがログインしていた。
中央広場はいつものように様々な個性を持った装備を身に纏ったプレイヤーたちで賑わっている。
全体チャットである白色の文字が飛び交う中でPT申請を出してそれを【クロロン】さんが了承。
すぐにチャットを打ち込む。
『こん~』
『こんちゃ!』
定型文で挨拶をする。
軽く雑談を交えてから二人で攻略作戦の相談を始めた。
『誘っておいてなんですけど炎の魔龍強いから怖い|ω・`))))』
『ミスったらフォローするんで大丈夫ですよw』
『ありがとうございます。あ、シンポ何個あります?』
『シンポ?』
『神級ポーションのことです』
『中々斬新な略称ですね……200ありますよ』
『ちょw多すぎませんかww』
『バザーでなんか大量に安売りしてたんですよ』
『mjk』
フィールドを進んで行くとボスマップへの転移ポータルがパソコンのディスプレイに映った。
『準備おk?』
『おけい』
ボスである炎の魔龍が迫力のある咆哮を出す演出と同時に戦闘開始。
火山系のフィールドでキャラクターを動かしサクサクと進めていく。
たまに【クロロン】さんが取り巻きの雑魚モンスターの処理をミスるけど、そこはPT仲間の僕の出番だ。
取りこぼしがない様に1匹1匹片づけていく。
『サンクス!』
『ういうい』
MP管理も疎かになっていたので傍にキャラクターを寄せてマナポーションを使用。
普通こういう時ってそこそこ隙ができるんだけど、予めアイテムの使用速度を上げるスキルを使っていたので問題なし。
『ありです!』
【クロロン】さんの言葉を聞きながら軽く横に移動。
ボスの視線を見るとどうやらターゲットが僕に変更されてしまったようだった。
『壁お願いします~』
『おk』
なんてことがありつつも、その後からは特に大きなミスもなく順調に相手のHPを削っていった。
………
………………
………………………………
『乙~』
『お疲れ様です』
そして、10分ほど掛けて炎の魔龍を討伐。
ドロップ率5%のレア素材がドロップしたのでちょっとだけテンションが上がったり。
そういえばお知らせ掲示板に今日はドロップ率アップのイベント日だと書いてあった。
そのおかげかもしれない。
何にせよこれが出るのは嬉しい。
『幸先いいね!』
『神が祝福しているのかもしれない』
『なにそれw』
その後、5戦くらいしたけど討伐失敗もなかった。
軽くチャットをしてその日は解散。
寝て起きたら深夜だったのでフレンドさんは一人もログインしてなかった。
寝る時間は調整するべきだったかな……と、少し寂しい思いをしながらもソロでレベリング。
生活時間はめちゃくちゃなので軽くご飯を食べてお風呂に入ったらもう朝だった。
今日も僕のニート生活に幸あらんことを。
なんてわけわからないことを考えながら牛乳を飲み干した。
……この物語は果たして誰得なんだろう?
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