第3話 ヒロイン登場(ただし出会わない模様)





 とある女子高生視点



「ふう」


 移動授業を終えて教室へと戻る。

 まだ半数ほどは戻ってきていないようで席は疎らに空いていた。

 教科書の類を鞄に仕舞って時間割を確認する。

 確か次は現代文だったか……そうして自分の席で授業の準備をしていると近付いてくる人影が視界の端に入った。


「今日いつ頃インする~?」


 クラスメイトの椚木優良がいつものように語尾を伸ばしながらそんなことを聞いてきた。

 インとはログインのことだ。

 私こと黒崎加恋はこの鈴ヶ咲高校に一緒に通っている何人かの友達と【ドラゴン・オブ・ファンタジー】というMMORPGをプレイしている。

 LEINグループも作っていてよくそこで攻略情報を交換したりする。

 グループ名は【ゲーマー美少年捜索隊】だ。

 【DOF】をプレイしている美少年を探すことが目的だとかグループ創設者は言っていた。

 無理だと思うけどなぁ……あのゲーム男の人には人気ないし。

 そもそも趣味の共有ができる美少年自体が都市伝説だ。

 でも気持ちは分からないでもなかった。


「帰ったら速攻でログインかな。炎帝装備作りたいし」


 実は今日は【DOF】のドロップ率アップイベントの日なのだ。

 ドロップ率が高くなり、レアアイテムも落ちやすくなる。

 これを逃す手はなかった。


「雷魚姫の涙が欲しいんだけど手伝ってもらえないかな?」


「あーあれね」


 ドロップ率の低い面倒な素材だ……だけど他ならぬ友達の頼みを断ることなんてできるはずもない。

 私は装備を作り終わってからならいいよと頼みを引き受けた。





 迎えた放課後。

 下校途中のコンビニエンスストアで飲物とスナック菓子を購入。

 そのまま小走りで5分ほどすると見覚えのある住宅が見えてくる。

 少しだけ早くなった脈拍を落ち着けながら、玄関のドアを開いた。


「あ、お姉ちゃんおかえり」


「ただいま~」


 妹との会話もそこそこに階段を上がり2階にある自室へと籠って制服を脱いだ。

 皺になるといけないので丁寧にハンガーに掛ける。

 鞄も勉強机の横に退かすと、そのまま私はタンスの中に仕舞ってある上下赤色のジャージに着替えた。

 何とも色気のない格好だとは思うけど、私みたいな生娘の色気が増したところで誰得なんだと思う。

 私としても自分の顔は悪くないと思うんだけど如何せん出会いがない。

 まあ、出会いがあったところで平凡な女の私なんて一瞥されるだけで終わる気がするけど。

 ……駄目だ悲しくなってきた。

 ゲームをしよう。

 自虐的なことを考えながら長めの黒髪を髪留めで結んで準備万端。

 パソコンを起動して【DOF】のショートカットをクリックした。


「……誰もいない」


 ログインしているフレンドが1人もいなかった。

 【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバーもいない。

 今朝手伝いを頼んできた優良もまだ帰宅していないのかログイン中のフレンド一覧にはいなかった。

 参ったなと少しだけ考え込む。

 欲しい素材は炎の魔龍のノーマル素材【魔龍の鱗】【灼熱の龍角】と、レア素材の【深淵の炎核】だ。

 装備作成に必要な素材なのだけど……あのボスは私一人では手に余る。


「カナデさんもいないとは……」


 【カナデ】という1年ほど前から仲良くしてもらっているフレンドさんがいる。

 野良で知り合ってそのままフレンドになった。

 基本カナデさんは毎日いる。

 稀にいないこともあるけど、ログイン時間は私よりも遥かに多い。

 何してる人なんだろう? と思わないでもないけど聞いたことはない。

 リアルの事情に深く触れないのはネットゲーマーのマナーだと思っているから。


「メッセージ送ってみようかな……それでいなかったらどうしようもないけど」


 パソコンでメールを作成しメッセージとして送信した。

 そして、丁度スマホかパソコンでも見ていたのかすぐに返事が返ってくる。


『おー、いきますいきます。僕は何のジョブで行けばいいですか?』


 カナデさんは自分のことを【僕】と呼ぶ所謂ネナベだ。

 女の人なのになぜか男の人のふりをしている。

 偏見かもしれないけどそういう人とはちょっとだけ話しにくい。

 なんというか自分を偽っている感が凄いのだ。

 信用されてないのかなと不安にもなるし、違和感が強いため心からチャットを楽しめない。

 だけどカナデさんとのチャットは楽しかった。

 上手くは言えないけど自然体……っていうのかな?

 ほんとに男の人なんじゃないかとさえ思えてしまうほどに。


 あ、カナデさんが何でネナベって分かったのか。

 理由はいくつかある。

 1つはこのゲーム【DOF】のキャラクターメイキングが理由だ。

 女キャラもだけど男キャラはシュッと細身だったり、筋肉質だったりバリエーション豊かで、服装や装備に至っては下着までメイキングすることができる。

 さすがに股のところとかは見れないけど、美麗なグラフィックと相まって女性プレイヤーからやたらと支持されているゲームなのだ。

 反面男性からの人気は低い。

 ただでさえ少ない男の人がさらに敬遠するゲームが【DOF】というわけだ。

 男の人はそういう性的なことを極端に嫌うから当たり前と言えば当たり前だけど……でもMMORPGとして純粋に面白いと思っているから少し残念。

 食わず嫌いで好きなゲームがプレイされないというのも寂しいけど、こればっかりは好みもあるから仕方ないかな。


 ちなみに【ゲーマー美少年捜索隊】の何人かはカナデさんを本当に男なんじゃないかと言っている。

 無理があると思うなー……

 これが2つ目の理由なんだけどカナデさんは優しすぎる。

 男の人は傲慢というか女を見下す傾向があるというか……

 クラスにも一人男子生徒がいるけど挨拶するたびに舌打ちを返されるのは中々心にくるものがある。

 そりゃあ貴重な男の子として親に女は狼だって言われて育ってきたんだろう。

 警戒するのは当然だし正解だとも思う。

 けどやっぱり私としては男の子と親密になりたいわけで……

 それが無理でもお話できる関係にくらいはなりたいと思っている。

 いや、ごめん嘘だ。結婚がしたい。

 どこかにいないかな……一緒に【DOF】をしてくれるイケメンなゲーマー美少年……って、話が逸れた。


 このゲームは男キャラが多いけど、ちょっとした好奇心でマイページを見てみたらほとんどが女性プレイヤーだということが分かった。

 そこまでして持ち上げられたいのか。

 ゲームをしなさいゲームを。

 私もサブに男キャラいるから人のことは全く言えないけど。

 だけど、カナデさんは……そう、そういう妙な下心が全く感じられないのだ。

 純粋にゲームを楽しんでるんだなっていうのが伝わってくる。

 ほんとに男だったらいいのに……で、理由3つ目。

 それはアカウントの性別設定だ。

 カナデさんのアカウントで女性設定してあったときは、ああやっぱり……って感じだった。

 課金すればアカウントの設定も変更できるけど、設定の変更料金はちょっと高い。

 最初から違う性別で登録してるという可能性もあるにはあるけど、わざわざそんなことするだろうか?

 それならカナデさんが登録だけは普通に済ませてネナベをしていると言われた方が説得力があった。

 アカウント登録は設定の際に性別のところはちゃんと女の人は青色ので、男の人は赤色のチェック項目があるし、これだけ分かりやすく色分けされてるなら間違えようもないだろう。


あ、色々と否定的なことは言ったけどカナデさんに不満があるというわけでは勿論ない。

遊ぶ際にはとても良くしてもらっているし、優しいから女の人だろうと私はカナデさんが大好きだ。

まあ、だからこそ男の人だったらなーなんて願望が顔を覗かせるんだろうけど。

 男の人と仲良くしたいとは思うんだけど、こちらの下心を見抜いているのか大抵はそっけなくあしらわれるか侮蔑の言葉が返って来るだけの結果に終わるんだよね。

 無視という場合もあったりする。

 うぅ、でも男の人とイチャイチャしたい……性格が良ければ最高なんだけど、そんなアニメみたいな男の人いないよね。

 オタクの妄想を具現化したような人がいるなら……って、また話が逸れた。


『アーチャーで後方から耐性支援とかできます?』


『りょ!』


 すぐにキャラクター選択画面でメインキャラの【クロロン】を選択。

 中央広場でカナデさんのログインを待った。





 カナデさんは操作が非常に几帳面で丁寧だ。

 プレイは常に安定していてPTメンバーへのミスのカバーも完璧。

 視野が広いんだと思う。

 こちらが失敗してもすぐにフォローしてくれるし、それを鼻にかけることもない。

 とてもいい人だ。


『サンクス!』


『ういうい』


 そうしてボス戦も終盤……だけど問題発生。


「あ、MPやばい、かも?」


 そちらの回復を忘れていた。

 マナポーションは持っているけど終盤のボス狂化状態の時に前衛職がいちいちそんな細々としたことをしている暇はない。

 炎の魔龍はHPが10%を割ると行動回数と行動パターンが1つずつ増えるのだ。

 しかもダメージも25%増加というおまけ付き。

 こうなる前にある程度回復をするべきだったことを思い出す。

 攻略情報を確認していなかった私の怠慢だった。

 MPの管理ミスによる討伐失敗という最悪の想像が頭に浮かんだ。

 しかし、そう思った時には既にカナデさんが傍に寄ってきていた。


「おぉ、さすがカナデさん」


 気が利くというかなんというか……2人だけのPTとはいえ、カナデさんがいるなら安定感は抜群だ。

 戦闘中なので長文は打てないから短い文面で謝っておいた。

 けど高額なマナポーションを使わせてしまったことを少しだけ申し訳なく感じる。

 あとで返そうかなと思ったりするけど、カナデさんはそういうことを好まない。

 基本的にそういうお返しは受け取らなかった。

 利害だけの関係になるのが嫌なのだろうけど、そういうところも好感が持てた。


『乙~』


『お疲れ様です』


 カナデさんのフォローのおかげもあり難なく討伐。

 お返しできないならせめてこれくらいはともう一度チャットでお礼を言った。

 それから5回討伐に付き合ってもらえた。

 カナデさんは良く人の手伝いをしているところを見る。

 手伝うのが好きなのだと言っていた。

 ほんとにいい人過ぎる……聖女?

 性別が同性なのが心から悔やまれる。 

 もしも男の人だったら全力でオフ会のセッティングをするんだけども……なんて冗談交じりにそんなことを考える。


『カナデさんって知り合いに男の人っています?』


『ん? いや、いないけど何でですか?』


『ネトゲで仲良くなってからそれ繋がりからのオフ会で美少年とムフフな関係になりたいなっていうのは女の夢だと思うんですよね』


 男の人にこんなこと言おうものなら確実に引かれるだろう。

 女同士だからこそ気安い会話ができるのだ。

 そこに関してはカナデさんが女の人で良かったなと思ってたりする。

 

『いいですね~、僕も恋人いる人とか羨ましいですよ』


『ですよね~』


 やっぱりカナデさんも彼氏とか欲しいんだなと思うと親近感がわいた。

 猥談や恋バナで女同士仲良くなれるのはやはりネトゲでも共通なんだろう。

 

『あ、そろそろご飯なので落ちますね、また遊びましょう~b』


『はーい、またよろしくです』


『ノシ』


 私はそのままパソコンの電源を落とした。

 LEINグループの会話を見ると優良はどうやら夕食後にインするらしい。

 それまで私もお風呂やご飯を済ませようかな。

 宿題もあったしそれもやらないと。


「オフ会か……」


 それもいいかもしれない。

 ネトゲで知り合ったフレンドさんたちとワイワイ騒いだり……

 ちょっとだけその光景を想像してわくわくするのを感じた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る