【お題】『ビーチ』『贈る』『ほうき』
「きゃっほーう!!」
甲高いはしゃぎ声と共に女がざぶんと海に飛び込んだ。舞い飛ぶ飛沫が太陽の光を受けて眩しく煌めく。その後ろから苦笑いを浮かべながら男が歩いてくる。
「少しは自重してくださいよ、自分の歳のことも考えて」
「何よぅ、私は永遠の17歳……プラスアルファ、よ!」
女は少し言い淀んで言葉を継ぎ足した。海面を持ち上げるように顔を上げた女の顔は自称通り17歳よりは少々上に見える。しかし、男が注意する必要があるほどの齢には見えなかった。
「だいたい魔女に年齢をどうこうっていうのがナンセンスなのよ。人間の年齢を当てはめて考えようだなんて、まったく意味がないわ」
「そりゃ、貴女の精神年齢は永遠に少女のままかもしれませんがね」
男が言うと、魔女を名乗った女はぷくりと頬を膨らませた。そして無言のまま右手の人差し指と中指をピンと揃えると水の上を素早く撫で上げる。途端に海水が魔女の指の軌跡を追うように膨れ上がり、空中でぱしゃんと弾けて男に向かって降り注ぐ。
「うわっ……ちょっと、メイ、なんてことを」
「レディの歳をおちょくった罰よ」
「そうじゃなくて! ……他の人間に見られたらどうするんですか。ここは館の中とは違うんですよ」
男は周囲にさっと視線を巡らせ、人影がないことを確認して溜息を吐いた。魔女――メイは「あ、そっか」と小さく呟いて指を下ろす。
「ごめん、油断してた。そうよね、いくら人気がないビーチだからって魔法を使うのはまずかったわね」
「……いえ、こちらこそすみません。貴女に息抜きして欲しくてきたのに口煩くて」
男が頭を下げる。ざぶざぶと波打ち際を泡立てながら魔女が近付き、その手から浮き輪を取り上げた。
「いいのよ、イオロはいつも通りで。いちいち口煩くて、厳しくて、主人思いなイオロで。それに今日はビーチバカンスのプレゼントだけで嬉しいから」
魔女の黒髪からぽたぽたと滴が垂れ、砂浜に小さな染みを作ってすぐに消える。男――イオロはふっと息を零すと魔女の首に浮き輪をかけた。
「では、ささやかながらこれも贈り物ということで。日暮れには帰りますよ」
「夜のほうが良くない? ほうきで飛んでもばれないし」
「濡れたまま空なんて飛んだら風邪引きますよ」
「魔女は風邪引かないのよ」
魔女はそう言ってふふんと笑った。そして浮き輪を両手で抱えると再び水面に向かって突進していく。その後姿をやはり苦笑いで見送りながら男がぽつりと呟いた。
「オレは風邪引くんですけどねぇ……まぁいいか」
青い空には白い入道雲が浮かび、そのさらに上から熱を持った日光が二人のいるビーチを照らしている。濡れた服も日暮れまでには乾くだろう、と男ははしゃぐ魔女を眺めながらビーチに腰を下ろした。
乗ってきたほうきが塩っぽくなった、と魔女が愚痴をこぼすのはその翌日のことであった。
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