乙女の心をくすぐる8等身スマホ

ちびまるフォイ

イケメンといつも一緒にいるために

「あ、スマホ割れちゃったんですね」


「はい……」


「保険とか入っていましたか?

 壊れたときに予備のスマホに変えてもらえるという」


「めんどくさくて断っちゃいました……。

 どうしましょう。スマホないと困ります……」


「それでは、弊社のテスターになりませんか?」


「テスター?」


「ええ、今開発中の新機種のスマホをあなたに貸し出します。

 貸出期間終了後に返却して、使い勝手をレビューするんです」


「最新のスマホをただで使えるってことですか!?」


「はい、いかがですか?」


「ぜひ! 使わせてください!」


「ではこちらをどうぞ」


奥からやってきたのは8等身のすらりと背の高い男だった。

白いシャツを着こなし、開いた胸元からはフェロモンが溢れてくる。



「 ご指名ありがとう。ギャラクシーです 」



「え?」

「スマホですよ」


店員はニコニコとした顔でイケメンを案内する。


「いやいやいや! これどう見ても人ですよね!? だって――」


「おっと、そこまでだ。あんまりおしゃべりだとせっかくの美人が台無しだぜ」


「きゅん……!」


スマホは私の唇にそっと人差し指を当てた。


「最新の機能として恋人機能を追加したんですよ。いかがですか」


「こっ、恋人機能だなんて……相手はスマホでしょう!?」


「おい」


スマホは急に怒ったような顔でぐいと肩を引き寄せる。



「あんま俺以外の男としゃべるんじゃねーよ」



「どきっ……!」


「俺はお前のスマホなんだ。俺だけ見てればいいんだよ」


「な、なによっ。スマホのくせに……!」


「お前といると、体が熱くなるんだよ」


「リチウム電池のせいでしょ!」


それから私とスマホのちょっぴりおかしな共同生活が始まった。

8等身のスマホは恋人機能と引き換えにスマホにあるべき機能がない。


「ねぇ、マップって開けるの?」


「もちろん」


スマホは手元のスマホでマップを開いた。


「……あのさ、あなたは一応スマホなんだよね?」


「お前の、な」


あやうくときおり見せる悩ましげな流し目にクラッと来てしまうが、

そこはなけなしの乙女力でもって耐える。


「もう少しスマホらしいことできないの?

 スマホなのにアプリのひとつも使えないんでしょ?」


「いいや、俺にもアプリがある」

「そうなの?」


「俺の乳首がスイッチだ」


「おまっ……」


スマホの乳首をシャツ越しに押すと、イケメンは「ぐっ」と短く息を漏らした。


「えっ……と、それでアプリは?」


「いまので俺が機内モードになる」


「飛行機で男の乳首押す瞬間なんてないでしょ!」


「わめくなよ。そんなにその口、塞がれたいのか?」


「きゅきゅんッ……!!」


こんなのスマホとしての機能はまるでないのに。

それでも日を追うごとに彼の存在がどんどん大きくなっていく。


「俺にとって、お前は銀河(ギャラクシー)だ。

 そして、俺はその中で輝く星さ」


「ぎゃらくしぃ……ッ」


いつしか私の心に広がる大宇宙となったスマホ。

これまではなにかに怯えるようにSNSをやっていたけど、

今となっては彼が居てくれればいい。それだけで私は満たされる。


「そんな色っぽい顔見せたら、俺のWifiスイッチ、入っちまうぜ」


「5G(ギャラクシー)……っ」


どんどん深まる二人の仲に反して、無情にも別れの日は近づいていった。


「そろそろ……俺達もお別れだな」


「待ってギャラクシー! どうして離れなくちゃいけないの!?」


「貸出期間はもう終わったんだ。俺は……戻らなくちゃいけない」


「嫌よ! せっかくこんなに好きになったのに!

 ギャラクシーは私のこと嫌いになったの!?」


8等身スマホはぐいと私を抱き寄せると耳元で答えた。


「お前のいない世界なんて、考えられねぇよ、バカ。わかってるだろ」


「きゅんっ……!!!」


そっとほっぺにキスをして別れようとするスマホを掴んだ。


「行かせない! 私もずっと一緒にいる!

 どんな時もあなたと一緒にいるわ!

 あなたをひとりになんてさせない! 私とあなたはずっと一緒よ!」



 ・

 ・

 ・


店にはまた別の客が訪れていた。


「えっと、スマホが壊れたんですね。

 でも予備スマホサポートには入っていない、と」


「はい……どうにかなりませんか?」


「でしたら、弊社の最新機種のスマホを使ってみませんか?

 貸し出し期間が終わったら必ず返してもらいますけど」


「助かります。それでお願いします」


「はい。ではこちらをどうぞ」


店員は最新のスマホを客に渡した。

客はスマホを持つと、不思議そうに訪ねた。


「あの、このスマホ。液晶に保護シート貼ってますよ?」


「ええ。どういうわけか、けして離れようとしないんですよ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乙女の心をくすぐる8等身スマホ ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ