第20話 宅配ピザ編①

「もうーっ」

「わるいわるい。ほら、花恋もさダンスとかで湧いてもらえると嬉しいだろ」

「わかるけどーっ」

 リビングのソファの上、風呂上がりの花恋が足をばたつかせている。

「そうじゃないんだよ。お兄ちゃんのばか」

 怒る花恋の機嫌をとるために、花恋の髪を乾かす準備をする。

 「むーっ」とふくれる花恋の横に座る。

 湿気を帯びて、くっついているピンク色の髪にタオルをあてる。指を立てて、頭をマッサージする。

「えへへっ」

 花恋は、頭をなでられると機嫌をよくする。先ほどまで怒っていたのがうそのように、楽しそうに足を動かしていた。

 小刻みに、リズムよく、長い毛の根元から端までタオルで叩く。何度も繰り返し丁寧に行う。

 キッチン近くの椅子に座って、足を組んで携帯を触っている美月が、じっとこちらを見てくる。

「おもいだした。わたしもウィッグ準備しなきゃいけないんだった」

「ウィッグ?なにに使うんだよ」

「んー? ナイショ」

「ふーん」

 ウィッグって、花恋が休みのとき変装用に使ったことがあるカツラのことだよな。といっても、帽子をかぶれば花恋だってことが気づかれないことを発見して、そんなに使ってないみたいだけど。おかげで、たまに俺が使ってる。

 水気がよくとれた髪にドライヤーを当てる。髪が痛まないように気を付けながら、根元から乾かす。

「ん~っ、やっぱりいい感じ。お兄ちゃん上手だね。毎日お願いしてもいいかな?」

「自分でやるの面倒くさいだけだろ?」

「えへへっ、バレた?」

 一番最初にしたヘッドマッサージのような手つきで花恋の頭を指で撫でる。

 撫でられて、くすぐったそうに首をすくめて、口を開けて笑いだす。

「はい、できたぞ」

 そういったときだった。玄関が開いた音がした。

「来たー?」

 待ちくたびれた美月が顔を上げていた。

 ピザ屋が直接玄関を開けるか?ふつうはインターホンを押してから、入って来そうなもんだけれど。

 ドタドタと足音がした。なにが入って来たかとびっくりして玄関を向くと、ピザ屋の格好をした男2人がリビングに入って来た。

「ダイナミック・ピザデリバリー。こんばんはー。ドレミピザ・パーティのセブンです」

「時雨ちゃん、おまたーっ!」

 男二人がリビングに滑り込んでくる。両手に大量のピザの箱やコーラを抱えて、きっちり決めポーズをして入ってきた。

 俺は見知った顔に呆れていたが、花恋と美月は大喜びだった。

「ホスト、セブン、おまえら今日、ピザ屋でバイトしてたのか」

「あったりぃー。いやー、ヘルプで入ったらシグレん家から注文きてビビったぜ」

「もうちょいでテストあるからさー、はやめに上がる予定だったんだよねー。バイト終わりの時間にさ、時雨ちゃんとこから注文来るじゃん。これはピザ屋の本気見せるしかねーなって腹決めるじゃんね」

 ホストとセブンがニヤニヤしながら両手を上げる。大きな袋を4つも持っていた。

「ちょっと待て。お前ら持ってる箱の数おかしくないか?」

 ホストとセブンが両手にピザの箱を持っていた。ドリンクや四角い箱まであり、二人とも両手がふさがっている。量がおかしい、多すぎる。

「そりゃな。ピザ3枚配達の注文のところ、俺らが勝手に持ち帰りにして6枚持ってきたしな」

「なにやってんの。つーか、3枚ですら多くないか?」

「ポテトとチキンとエビフライも勝手につくって持ってきたし、いっぱい食べろよ。もちろん、サラダもある」

「コーラもあるぜ。合計3リットル。いっやー、重かった。俺とホスト、ピザ屋のバイトは今日が最後だから、社員さんもやりたいことやれつって許してくれてよー」

「さっき無茶苦茶なトッピングして焼けなかったセブンのオリジナルピザ、なんて名前にしたんだっけ?」

「ウルトラ・ドラゴンステーキピザとパシフィックオーシャン・ピザ。ピザって焼く時間決まっててオーブンに通すだけなんだけどよ、これ全然焼けなくて焦ったぜ。肉と魚をテーマに在庫を使い切る勢いでのせてみた。マシマシピザ、食べてみてくれ」

「なんだこのピザ、黒い、もうひとつはすげえ、エビが踊ってる」

 カットされたステーキがピザの上に山になっている。肉の上にもチーズがのっていて、禁断の組み合わせが魅力的だった。もうひとつのピザは大きなエビやシーフードがこれでもかとのっていて、踊るように規則正しく配置されている。ガーリックとバターの匂いがぷんぷんした。

「オレはシンプルに全トッピングピザつくってきたよん。一回はやってみたいでしょ?」

「シンプルさのかけらもなくね? 具材、これでもかってぐらい敷き詰められてる。なにこれ、すげえしあわせ」

「だっろー?」

 ホストとセブンはピースをしながら笑っていた。

 美月と花恋は箱を並べて開けてみて大はしゃぎしている。積まれた箱を見て、美月は気が付いた。

「どうしましょう、時雨。なんだか量が多いわ」

「美月、教えとくぞ。ピザは1人1枚換算が間違ってる」

「だって、種類がいっぱいあって迷ったんだもの。全部頼んだらしぐれがなんとかしてくれるって思って」

「全部頼んだうえに、モンスター級のピザが3枚来てんだよ」

「頑張って?」

「お兄ちゃん、私そんなに食べれないからよろしくね?」

「ずるい、ずるいぞ。俺も1枚食えねーよ」

 帽子をかぶっているピザ屋の店員、もといホストとセブンを捕まえる。

「ピザあんだけど、食ってかない?」

「・・・・・・ちょいちょい、時雨ちゃん、こっちこっち」

 誘ったつもりが誘われて玄関に連れ出される。

 リビングを出たとたん、セブンに肩を掴まれ壁に押し付けられる。ホストは肘を壁につけて、俺の顔をのぞき込んでいた。

「なんで壁ドン」

 ホストは静かな声で俺に言ってくる。

「時雨ちゃんさあ、なーに自然に同棲してんの? ねえ、皇樹 美月の名義で時雨ちゃん家にピザの宅配注文はいって確信したんだけど。なんでオレに教えてくんないの?」

「こわい、こわいぞホスト」

「シグレー。なにがあったかわざわざ聞かないけどよー。そんな面白いことなってんなら教えてほしいぜ。で、どこまでヤッたん?」

「すがすがしいクズめ。 残念ながら、そんな事実はない。ただし今朝から性欲の高まりを感じる。近くにいるから大変なんだよ、こっちは」

「だろうなー。美月ちゃんめっちゃガード堅いくせに、自然体で接してくるらしいじゃん?しかも、あのお顔にお胸にお尻、人間国宝かよ」

「シグレんちには、なついてくれる妹もいるしな。俺もお兄ちゃんって言われたいぜ。妹いるけど金たかられることしかねーぞ?」

「ひとつだけ勘違いすんな。妹は性的な目でみないように努力してる」

「美月ちゃんは?」

「性的な目で見るなっていうのが、むずかしい」

「わかる」

「それだよな」

「あと俺、気になるやついるし」

「待てよ、シグレ。聞き捨てならねえな」

「だれよ、だれよ」

 ホストとセブンが食いついてくる。

 俺は携帯を見せる。

「ネットの友達」

 くだらないラインの内容を見せた。

「時雨ちゃんが、よくゲームいっしょにやってる相手でしょ? 女の子だったのね」

「それって会った事あんのかよ?」

「いや、ない。でも、好きだと思う」

「純愛すぎて辛い。兄弟、オレは応援するよ」

 ホストが抱き着いてくる。

「おっぱいの大きさだけ確認してくれ、大きかったら嫉妬で応援できないぜ。けど、シグレすげえよ。顔も知らないけど好きって……いいなあ。頑張れよ」

 セブンは肩を力強く叩いてきた。

「とりあえずピザ食うの助けてくんね?」

「邪魔していいん?」

「ちょっとだけ食うの手伝って、さっさと帰るのがベストだぜ」

「それもそっか。晩飯ごちー」

「さすがにピザを増やすのはやりすぎちまったなー。1枚ぐらい食うぜ」

「んじゃ、オレも1枚頑張るかー。時雨ちゃんが1枚食べても、3枚残っちゃうじゃん」

 雷堂と雪姫にも声かけるか。

「美月ーっ、ピザ余りそうだから友達よぶぞ」

「お願いだからよんでー。このままだと、お腹パンパンになって壊れちゃうからー。あと先に頂くわね」

 美月と花恋の頂きますという声が聞こえた。その後、高い声で「おいしーっ」とハモって聞こえてくる。

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