第21話 宅配ピザ編②
俺は電話をかけながら、ホストとセブンに「先食べてて」と伝えた。手を上げてきたあと、ふたりもピザのテーブルについた。
「やっべぇー、うまそーっ」
セブンのテンションがあがっていた。
「いやぁ、ほんとピザってうまいよなー。皇樹さんでしたっけ。昼に会ったけど、あらためてよろしく。オレはホスト、こっちはセブン。時雨ちゃんの友達。今日はゴチっす」
「お昼休みはなんだか賑やかだったわね。ホストさんと、今朝、裸だったセブンさんもよろしくね」
「モグ、ング。あーっ、やっぱ今朝、シグレと歩いてたお嬢さんか」
なんだかちょっとしたパーティーのようだった。
電話のコール音が終わり、声が聞こえてきた。
「なんだ。なんか用か?」
静かな声で雪姫が言う。
「なあ夕飯さ、いっしょに食わない? 俺んちさ、ピザ頼んだんだけどなぜか大量にピザ来ちゃって困ってる。全トッピングピザとか肉の山みたいなピザがある」
「おー、おー。なんだなんだ、おもしろいことしてるじゃないか。だけど、パス。悪いね、雑音。ちょうど今さ、ごはん買って家に帰ってるとこなんだよ。えーと、こういうときはなんだ。また誘ってくれとか言っておけばいいのか?」
「言わずともまた誘うけどな。わかったよ、また今度誘う」
「うん、うん。興味だけで聞く。雑音の妹と、さっき玄関にいた男、あとひとり……いや、ふたりか。だれ?」
「携帯のマイクってそんな性能いいのか? よく聞こえるよな。えっと、2-Aの皇樹ともうひとり同じクラスの俺の男友達」
「うん、うん。なるほどー。雑音のマイクが収音性高いんだよー。いいね、おもしろそう。けど、なんとなくわかってるだろ? あたし、大人数で集まるの好きじゃないんだ。うるさいし、ひとりひとりと話せないし、あんまり良いことないんだ。それに、話すのあんまり得意じゃないし、そういうやつがいると周りが気をつかう空気もいやだ。それもあってパス。けど、ピザは食べたい。雑音とふたりとかなら、今からでも行ったかな。だから、もってきてくれる?」
「無茶いうな」
「残念、残念。じゃーな、雑音。また、あした。あしたね?」
返事をする前に電話を切られる。そんなやつだった。
どうしても明日、音楽室に来てほしいらしい。しょうがねえなと思いながら、覚えておく。
次に雷堂をコールする。長いコール音のあとで雷堂は電話に出る。
「どしたよ」
電話に出た雷堂が聞いてきた。
「ひま?」
「暇」
「くる? ピザある」
「いく」
「いま花恋だけじゃなくて、っておい、切れてるし」
相変わらず話の聞かないやつだと思う。
俺はとりあえず、飯を食う前に着替えてこようと思い自室にあがった。床に落ちている半ズボンと、しわが付いたTシャツに着替える。
自分の部屋から出て階段を降りるときに、玄関が開いた。
金色の長髪を降ろした雷堂が、髪の間からこちらを睨んでくる。いや、たぶんふつうに見てるだけなんだろうけれど、眼光が鋭くて睨まれてる気がする。
「なんか、いっぱいいる」
「それ言おうとしたら、電話切るからだライライ」
「うっさい。ライライゆーな。で、ピザは?」
「食いしん坊か。ホストとセブンがピザ屋でバイトして持ってきてくれた。みんなで食べてるとこ」
「なんだ、あいつらもか。なあ、そのTシャツ貸してくれよ」
「寒いのか?」
「……べつに」
雷堂は薄着で、風呂上りのようだった。髪は濡れてるし、白いショートデニムにヘソがでるぐらい短いシャツしか着てない。肩もだしているため、どこを見ていいか困りそうになる。雷堂に限って遠慮はしないけど。
俺はその場でTシャツを脱いで雷堂に渡した。少し大きいサイズのシャツを雷堂はもぞもぞと着ていた。
雷堂の背中を押す。ゆっくりと一緒に歩きだした。
「雷堂じゃん。時雨ちゃん以外に肌を見られるのは恥ずかしくて、急いで服着たって感じじゃん。ざーんねん、オレらもいるもんねー。グッフ」
「触らぬ雷堂にケガはなしって言うぜー? バッカだなホストー。グッハ」
ホストは顔面を容赦なく叩かれ、セブンはケツを蹴られていた。雷堂なりのスキンシップだ。俺も顔面を殴られたし。
雷堂は花恋の頭を撫で、定位置のように花恋のとなりに立つ。横目で美月に気が付いたように「よっ」とそっけなく声に出して、肉がたくさんのったピザを食いはじめた。
「うっま。買ったのだれだかしらないけど、ごちそうさま」
ペロリとピザを一切れ平らげた雷堂は指に着いたソースを舐めていた。人差し指を親指を舌でなめて、水音を響かせながら言っていた。
「ライチちゃん、まさかそれ、お兄ちゃんのTシャツじゃない?」
「いま借りた」
「お兄ちゃんッ、これ最後に洗濯したのいつ?」
「2週間前。2週間前から洗おう、洗おうと思ってた」
「それ、ずっと前から洗ってないってことじゃないの?」
美月がドン引きしていた。
「すんすんっ。まだ、いける」
雷堂はシャツに鼻をつけていた。
「だろ?」
「やめてー、ライチちゃんっ。それは、着ちゃいけないタイプのシャツだよ」
「雷堂は男だから大丈夫。まだ着れる」
「いける。まだ着れる」
「ちょっとゆるっとしたTシャツ着たライチさん、可愛くない?」
美月が雷堂を見ながら言っていた。
「このTシャツ脱いだ雷堂のほう、俺は好きだけどな」
「そう? ならシャツ返す」
ポテトを口にほおばった雷堂は両腕を胸の前で交差してシャツをめくる。
「ちょっと。ライチちゃん、それなに着てるのかな?」
「オフショルダーのショートタンクトップ」
「それで歩いてきたの? 大丈夫?」
「べつに、アタシの恰好なんてだれも興味ないでしょ」
「ラフな格好してるか、革ジャン着てるかしか見たことねーしな」
「服着るの、ホント面倒くさい」
雷堂は面倒くさそうに服を上から下に撫でていた。
「よし、雷堂、俺ら脱ぐか。服ストライキするぞ」
「よし、やるか」
「お兄ちゃんのバカーーッ、ライチちゃん本当に脱がないでーっ」
「ナイス時雨ちゃーん」
「えーっ、しぐれが脱ぐなら、わたしも脱いじゃおうかしら」
「女・神・降・臨」
セブンがコーラを持ちながら叫んだ。
「セブン、焦るな、まだ確定演出じゃない」
「ッヒョー。俺は脱ぐぜーっ!」
興奮したセブンが上半身を脱ぎ始める。いつもの光景だった。
「セブンはいつも負けて脱がされてんじゃねーか」
ホストが顔を手で覆いながら笑ってツッコミをいれていた。
「ここからの、パンイチ土下座っていう最終奥義を教えてやるぜ?」
「いや、それ使う場面ないし、使いにくいぞ、その技」
「あれっ、俺は良く使うけどなー。いいか、まず惨めに地面に這いつくばる」
本当に惨めに地面に倒れるセブン。雷堂は冷たい視線を飛ばしながら言い放つ。
「バッカじゃないの」
「すごい、哀愁が漂ってる。 手慣れてる感じがするわ」
「セブンさ~んっ」
「花恋が困ってる。やめろ」
雷堂がセブンの尻を蹴り飛ばした。鈍い音が響いた。
「イテーッ、てめっ、雷堂。俺のケツ、バコバコ蹴ってんじゃねーぞ」
「テメーの■■■切り刻んで犬のエサにしないうちに、さっさと服着ろ■■■■■■ーッ」
雷堂はセブンに向かって牙をむき、右手の指を一本立てていた。
俺はそれを後ろから抱きしめて押さえながら言った。
「ライライ、ライライストップ。アイドル、アイドルタイム。アイドルストップ」
「うっさい、ライライゆーな」
雷堂は俺の腕の中で暴れだす。
「バカっ、どこ触ってんだ」
「二の腕。じゃねーわ、これ、おっぱいだったわ。ナイスオッパイ。どうどうどう、雷堂、どうどうどう」
そう言いながら雷堂の首筋を手の甲で撫でる。くすぐるように優しく、触れるか触れないかぐらいの力で指を喉にあてたりしながら撫でた。
「ふにゃっ、ふーっ、ふーっ。ふぅ」
興奮して赤くなった顔が落ち着いていた。
「いーや、雷堂のさ、調教済みって感じがいいね」
ホストが笑いながら言っていた。
「うっさい」
「雷堂ピザくう?」
「くう」
「はい、あーん」
「もがっ、んぐ」
ピザの端を両手で持って、雷堂はピザと格闘する。
やっと落ち着いた。やっとピザが食える。
「はいっ、時雨。コーラ飲むでしょ?」
美月が500ミリペットボトルのコーラを渡してくる。
「ありがとう。やっとピザも食える」
コーラをあけて、口を付けようとしたときだった。
「そうだ、時雨ちゃん。メントスあるよ」
「ホスト? タイミングおかしくない?」
「そうだ、シグレ。メントスあるぜ?」
「セブン、お前ヘタクソか」
右手にコーラ、左手にメントスを持たされる。
これもまた、禁断の組み合わせだ。なにが起こるかというと、噴水が起こる。コーラにメントスを加えると、炭酸が抜けて噴水のように液体が飛び散る。せめて風呂場でやらせてくれよ、これ。
「いや、俺これどうすればいいの」
「時雨ちゃん、ニコラシカって知ってるか?」
「なにそれ」
「カクテルなんだけど、レモンと砂糖を口の中に含んで、飲み物を飲むんだよ。口の中で完成される飲み物も、あるってことよ」
「言いたいことはわかった。いや待てよ、ここ俺んちだぞ。失敗ゆるされねーぞ」
「シグレ、謝り方は俺が教えた通りだぜ。なぁに、いっしょに謝ってやるよ」
「もうパンイチ土下座の使いどころくるの、これ」
「時雨ちゃーん、コールいる?」
「いらねーよ。お前ら俺の前に立てよ。絶対、逃げるなよ」
「もし噴いたらシグレのことマーライオンってよぶからな」
「嘔吐物でもねーのに、ひどい言いようだな」
俺がそういうと、場はしんと静まり返る。
美月は無邪気な視線を俺に向け、花恋はまたバカなことやってると白い目で見てきて、雷堂は口の端を上げて笑いながら見つめてくる。
口の中にメントスを一粒いれた。
ふたをあけたばかりのコーラを口の中に流し込んだ。炭酸が強くて飲み切れず、口の中に一度溜めてしまう。口から喉に液体を流し込んでいるときに来た。頬が膨らむような感覚がある。あっ、これ耐えきれねえ。
「ップーーーーハっ」
思わず噴き出した。
「うわあーーーっ、イテエーッ。メントス飛んできやがったーっっ」
「目がっ、目がァーっっ。コーラの毒霧冷てえ。汚ねえーーーっ」
「やっぱり、耐えきれなかったわ。よく考えたら俺、我慢とかできないし。ほら、掃除すっぞ」
「「はーいっ」」
3人で飛び散ったコーラを拭き始める。
「時雨ちゃん、絨毯にコーラ飛んでる。ちょっと水かしてちょうだい。綺麗に落とせるから」
「オッケー。こっちは問題なし」
「こっちもオッケー。絨毯の処理完璧じゃんホスト」
「こんぐらい、まじめにバイトしてんだからできるっしょ」
3人で手を洗って帰ってきたところだった。
「なんでアイツら、生き方が残念で、さらにバカなんだろうな」
「ほんっと、こんなことする人たちいるのね。最高よ、おもしろすぎる」
「うちの兄が、すみません」
俺たちはアイコンタクトした。
3人で同時に言う。
「「「すみませんでした」」」
俺とホストはふつうに土下座していた。なぜかセブンだけ、目にもとまらぬ速さでズボンを脱ぐ。パンイチ土下座を決めていた。
「なんで最後にズボン脱ぐんだよ」
「お前らこそ、なんでだよ」
「ッだーぁっ、オレらは綺麗にしめることさえできないのか」
思わずホストがそう叫んでいた。
俺は思った。よかった。雪姫をよばなくて本当によかった。
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