第16話 2-E組 学級目標
チャイムがなった。授業が終わり、昼休みになる。
「珍しいじゃん、授業中に時雨ちゃんが居眠りするの」
「昨日寝つけなくて。授業中、目を開けていられなかった。むり」
睡眠不足の理由が、友達に送るメッセージを3時まで悩んでたとは言えなかった。
「どーっせゲームしてたんだろ。当たり?」
セブンがトランプをシャッフルしながら聞いてきた。
「いんや、友達としょうもねえことずっと言い合ってた」
「遅くまでラインしてたってやつじゃん。わっかる。やっちゃうわー。つーか、返信するとずっと続くじゃん」
「なに送ればいいかわかんねーとき悩んじゃうんだよな」
「あるよなー。金返せって言われたときとかすっげー悩むぜ」
「シフト代わってって言われたとき、オレは悩むかなー」
ホストとセブンが頷いていた。
走って食堂にいく隣のクラスの足音が響いていた。ほかのクラスも授業が終わっていく。うちのクラスは昼休み前の英語の授業が終わりかけているところだった。九鬼先生がまだ教卓にいるため授業が終わったかいまいち判断できない。食堂にダッシュできなくてウズウズしている運動部のクラスメイトがいっぱいいた。授業終わりの号令でいまにも飛び出しそうだ。
「昼から予定ないし、帰って寝ようかな」
「来週からじゃないと、昼から授業もないしねー。っま、授業あってもバイト行くけど」
「この時間からだと、どっこも行く気起きねえな。ジャグラー打つカネも……いや、あった。朝、ポーカーで巻き上げた金あるから、増やしてくっかなー」
クラスのみんなが、近くの席のやつと雑談していたころだった。
後ろの席の奴等がざわついていた。教室の外をしきりに見つめていた。セブンが身を乗り出して、教室の外を見ていた。
「なんだ? うっは、マジ美人。けど、こっわ。スゲー機嫌悪そうだぜ。あっ、なんか今朝みたことあっぞ」
「セブンがいう美人はアテにならないからなーっと。……今回はマジだ。待てよ。あんな素敵女子、記憶にないっ。学校の女の子は全員暗記したのに。顔見たら名前と電話番号言えるはずなのに浮かばない」
「いやお前の頭のなかどうなってんだ。そのUI俺にも実装されないかな」
席を立つホストが棒立ちになり、驚いて声を上げていた。相変わらず女性関係強いなと感心する。
九鬼先生が口を開いた。よく通る声で言った。
「ホスト、座れ。とりあえず授業は終了するが、連絡がひとつ。だれとは言わんが、校舎の出入りは窓からではなく玄関からすること。わかったな、天宮」
「昨日2階から飛び降りたやつか。すみませんでした。家庭の事情で」
「家庭の事情で飛び降りるやつがあるか。どんな理由があろうと危ないまねはやめろ。以上だ。あと天宮、お客さんだぞ」
「お客さん?」
授業が終わる。九鬼先生は含んだ笑い方をしながら教室を出て行った。
同じクラスの運動部のやつらが食堂に走り出すよりはやく、教室の扉が外から開いた。
教室の外で待機していたやつは、颯爽と走り込んで来て俺の前に来た。
ぐいっと腕を掴まれる。
有無も言わさない力で、俺は引っ張られる。席を立たされ、教室から連れ出されようとしていた。
「しーぐーれーっ、お腹すいたーっ。ごはんの食べ方がわかんないの。クラスメイトは誰も話しかけてくれないし、お昼にも誘ってくれないのよ。ひどいと思わない? 食堂どこなのよー。食堂いこーよーっ、しぐれーっ。ごーはーんっ」
「美月? いきなり俺のクラスに来てなにいってんだ。わかった、わかったから離せ。恥ずかしいだろ」
「ずっと一緒にいるのに、いまさら恥ずかしいはないでしょう。はやく慣れて」
腕を組むようにして引っ張る美月の力強さに焦ってしまう。思わず恥ずかしいと言ってしまうぐらいだった。
その様子はクラスメイトが見ていた。なぜか全員が目を丸くして俺たちを見た後、怒りの表情を浮かべた。
「囲め、逃がすな。扉をしめろ。サッカー部、扉の前で絞れ」
「厄介な指示飛ばしてんじゃねえぞ、ホスト」
ホストの号令で元クラスメイト、現在の敵が俺の進路をふさぐ。血走った目でこちらを見つめて来て、俺を囲むように人間のバリゲードが出来上がった。朝のポーカーの件でクラスメイトと、ちょっとは仲よくなれたと思ってたのに。
「時雨ちゃん、言ってなかったよな。オレらのクラスの、クラス目標」
「いまクラス目標の話になるのがこれっぽっちも理解できないんだが」
「カンのわりーやつだな、シグレ。お前は、俺たちのタブーを犯した」
ホストとセブンが今までにないぐらい強烈に俺と敵対していた。
「初日に決めたんだ。オレらのクラス目標。全員がまとまるような目標にしろってオニユリと軍曹に言われてさ。一生懸命決めたんだ。全員が同意するのって、マジで難しいでしょ? だから、全員が納得する内容にしたんだよ」
「2‐Eクラス目標その1」
「「「抜け駆けを許さない」」」
ホストに続いて全員が声を合わせていた。
「2‐Eクラス目標その2」
「「「1を絶対忘れるな」」」
セブンが言うと、全員が続いて声を揃えて叫んでいた。
「全員で足を引っ張りあう最低な目標だ」
「違うよ、時雨ちゃん。これは全員が手を取り合える唯一の目標だ」
「シグレ、俺たちは他人の幸福を許せない。わかるだろ?」
「ぜんぜんわかんねーよ」
「残念だ、時雨ちゃん。オレら全員を差し置いて、お昼休みに女の子とご飯食べるのは明確な抜け駆けだ。なぜならこのクラスに誰も彼女持ちがいないから。つまり、ギルティ。アレの出番がもう来ることになるとは」
小さい段ボールにマジックでドクロがかかれたボックス。クラスメイトはそれを持ってきて、俺の前に差し出してくる。
「通称デスボックス。俺らが考えた社会的な自殺方法が書かれている。この罰をもってしてもお前は止められないのかシグレ」
「ふつうに知らなかっただけなんだけど」
なんでだろう。美月がすごく楽しそうに、はやくこの箱から紙を引けと目線で訴えてくるのは。
このクラスでひとりぼっちになった気分だった。
「紙を1枚引いて、内容を読み上げるんだ時雨ちゃん。それを実行したとき、俺たちは仲間に戻れる」
「中身が全く予想つかない。いやだ」
「大丈夫、安心しろ。俺たちも怖くて見れない」
「はいっ、しぐれ。1枚引くんだって」
「美月? おまえ天使なの? 悪魔なの? どっち?」
ドクロなんて似合わないような美月が、ドクロの書いてあるボックスを俺に差し出してくる。中身を引けと屈託のない笑みと視線を送りながら。
「一応言っておくが、美月とはそんな関係じゃないぞ」
「でも、昼ご飯一緒に食べるんだろ?」
「朝、一緒に登校してたっしょ?」
「……まぁ、そうだな」
「朝いっしょに登校して、昼もいっしょ? ッチ……ッチッチッチッチッチッチッチッチ」
「ヤベエ。ホストの千鳥が出た。高速の舌打ちは、まるで鳥が鳴いているように聞こえることから付けられた名前は千鳥。必殺技だ」
「殺したいほど憎い。オレはあんたを憎み、アンタを殺すためにオレは……」
「ホストが修羅に落ちたぞ、おい」
「っと、いうワケで引こうか時雨ちゃん? このクラスは女の子とデートすら許さないから」
「理不尽すぎるクラスだ」
「同じ方向を向いたすばらしいクラスの間違いだろ?」
「しぐれー、はやくひこー。退けないわよ、この状況」
「わかった、わかった。ひけばいいんだろ、ひけば」
4つ折りにした紙がたくさんはいっている箱に手を突っ込む。
社会的な自殺方法ってなんだよ。せめて軽い罰が当たってくれ。そう思いながら罰ゲームの書かれた紙を選ぶ。クラスメイトの顔を見回した。だれもかれもがクズの顔をしていた。俺は一切の希望を捨てた。
中の紙を一枚選ぶ。山田と書いてあった。
「おい、山田ァ」
セブンが名前を読み上げた。
「よっしゃあああああああああああああああああ」
山田とよばれたクラスメイトはガッツポーズをして全力で声を上げていた。
「あいつ絶対ろくな奴じゃねえ。目が腐ってやがる」
「山田は好きだった幼馴染がサッカー部のマネージャーになってくれたけど、サッカー部の先輩とくっついたトラウマを持つから。DFよりのサイドバックだから押しにいけなかったんだ」
ホストが山田の罪を暴露した。クラスメイトは山田に同情していた。
「この紙すげえ重くなったんだけど」
「渾身の一枚だから、受け止めろシグレ」
「あとで俺も書くからな、絶対。ひどい奴」
「いや、時雨ちゃんは引くことしかないから、やめといたほうがいい。自分のやつ自分でひいちゃうじゃん」
「お前ら嫌いだ」
俺はクラスメイトに悪態をついてから、目の前の紙切れと向き合った。
山田のやつ、いったいなにを書いたんだ。
「うっ、うわあああああーーーっ。おかしい。こんなの考えつかねーよ」
「なになに~?」
美月は崩れ落ちる俺の手から、紙切れを奪う。
「ック、ふふふ、あはははっ。やったー」
「なんで喜ぶんだ美月」
「だって、これ、絶対面白いわよ」
美月は、ホストに罰ゲームの書かれた紙を回した。
「面白い? そんなのあったかな。くはっ……そういうことか」
「シグレのやつ、なにすんだ? うっは、マジか。キッツ、オレはムリッ!」
セブンが両手で体をさすりながら言った。
中身はなんだと周りから野次が飛ぶ。ホストが内容を読み上げた。
「デスボックスの指令は『同じ学年の女子から制服を借りて、次の日それを着て登校し授業を受ける』だな」
「……うっわ」
「マジかよ」
「まず借りるのがムリ」
「明日着るために、女子から制服を借りるのは地獄すぎる」
「山田の業が深い」
「本気で殺しに来てる」
「こんなん、立ち直れねえよ」
俺だけじゃない、クラスメイトがひいていた。
「しーぐれっ、わたしのブレザーはいる?」
「美月、おまえ……貸してくれるというのか?」
「うん、いいわよ。だってこれ、わたしのせいでしょ? 手伝うわよ」
美月は目の前でブレザーを脱いで見せる。白いシャツ姿になった美月はそのスタイルの良さが目立っていた。胸の主張が激しい。
「はい、これ着れる? 着れなかったら、一緒に貸してくれる子を探すわね」
「ありがてえ」
俺らのやり取りを見たクラスメイトは、顔を赤くしていた。
小声でのやり取りが聞こえる「おっぱい、すげえ」「黙って拝め。口に出すな。あとで思い出せ」下品な視線を受けている美月は、まったく気にしてる様子はなく笑みを絶やさずにいた。暗闇の中で光を見た気分だった。
「いける。たぶん着れると思う」
「よかった。それじゃ明日貸してあげるからね。そのかわり、毎日お昼一緒にたべよーね?」
「わかった。すまん、よろしく頼む」
「よしよし、これで時雨とお昼ご飯食べる理由ができたわ」
「そんなの、言ってくれりゃいつでも行くのに」
「やだ、うれしい。それじゃ今日の夜ご飯なににする?」
「食いながら考えるか。わるい、食堂案内するわ」
「うんっ、ごはんいこー。お腹ペコペコー」
チッチッチッチッチッチッチ。ホストの舌打ちが聞こえる。聞こえないふりをして教室を出た。
「天宮にもう1回デスボックスひかせないか?」
クラスメイトを代表して山田が言った。
「ムダだ、やめとけ。シグレにどんな罰ゲームを当てても、あのお嬢さんが解決しちまう予感しかしねーよ。勝利の女神がついてやがる」
「時雨ちゃんが美月ってよんでたな。ってことは、特進に転校してきた皇樹 美月か。いーや、エリス女学園のお嬢様の中でもガチお嬢様なのにあの気さくさやばいねー。何人か惚れたんでねーの?」
「あのお嬢さんの後ろ姿を目で追ってるやつが、ひい、ふう、みい……10人ぐらいか」
「クラスの3分の1やられたのね。あと、セブン、気づいてたか?」
「おうよ。お嬢さん、ずっとシグレ見てたなー。それ見てて目が合うと、はにかんで笑ってくるし」
「それよ。出会って1日目の関係じゃないよねー」
「シグレのやつ、もしかして面白いことなってんじゃねーの?」
「ヤダヤダ、オレらの時雨ちゃんが取られちゃうー」
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