第15話 転校生と、いつものクラス
2階にある職員室では先生たちがパソコンをつけたり、ネクタイをしめたりしていた。
職員室まで案内すると美月は「ありがと。またあとでね」そう言って手を振った後、職員室にあいさつをして入って行った。なぜか教師のほうが美月より緊張して対応していたのが面白かった。
さて、俺も自分の教室へ向かうか。
そう思ったとき、肩を叩かれた。
「よし、でかした天宮。お前の好きな山川出版の教科書たちだぞー。うれしいだろ。これを運ぶ権利をやろう。あそこに男好きする容姿のお嬢さんがいるだろう? あの転校生の教科書だ。2‐Aまで運んでくれ」
「ッげぇ、オニユリ。面倒くせえ」
「教師の顔を見てッげぇとは何事か。頑張れ天宮、男を上げるチャンスだ。狙っていけ」
「あいつとのチャンスなんか別にいらないんだが」
「なんだお前、あんな高嶺の花でもストライクゾーンに入らんのか?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
職員室の扉が勢いよく開けられる。出てきたのは美月だった。
「ねえ、聞いてよ、しぐれっ。転校生ってね、てっきり先生と一緒に教室に入って、緊張しながらはじめましてー、っていうお約束みたいなのあるじゃない。あれ、べつにいらないんだって。もうそのままクラス行ってもらえれば良いしって言われたの。って、あれ?その教科書なに?」
「おまえのだってよ。運んでやるから教室いくぞ」
「かっこいーっ。ありがとーっ、教室いくー」
その様子を見た俺のクラスの担任はおっさんみたいな笑みを浮かべていた。
「ほほう。天宮、お前案外やりおるな」
「ただの友達だ、友達」
「無償の奉仕は友情というわけか。健気なものだ」
「勘違いすんな、鬼百合」
「わかった、わかった。そら、皇樹を待たせるな。さっさと行け」
肩を押されて俺は歩きはじめる。あいつ勘違いしやがって。
上機嫌な美月がとなりを歩く。
「しぐれも2-A?」
「いや、俺は2-E。普通科の変なクラス」
「えーっ。一緒なクラスじゃないの? クラス変更ってできないのかしら」
「2-Eはやめておいたほうがいいと思う。昨日の授業がいきなりマラソン大会になってたり、個別指導になったりするぐらい変なクラスと担任だから」
「なにそれー。面白そうなクラスだなと思うけど。わたし、なんの相談も無く特進にいれられるのは不満だわ。勉強なんて、特進じゃなくてもできるのに」
「学力相応ってやつだろ」
「テストでわざと平均点とってやるんだから。そうすれば2-Eにいけるかしら」
「わざと平均点を取ったうえで授業の半分をサボって職員室に呼び出し食らい続ければ2-Eにいけるだろうな」
「特進より2-Eのほうが難易度高くない……?」
「泣けてくるから、やめてくれ」
ちょうど話題の2-Eの教室の前を通った。
「っきゃ!?」
美月が思わず悲鳴を上げていた。俺もあげたい。あいつと友人でなかったら。
教室の扉の前で、セブンが俺をじっと見つめていた。
思わず他人のふりをしたくなる恰好だった。なぜか上半身は裸で下半身はパンツだった。そのピンク色のパンツ、どこで買ったんだよ。
「シグレ、頼みがあるんだ」
「とりあえず他人のフリをしてくれ。そこからだ」
「そこいく見知らぬ男よ、哀れなオレの頼みを聞いてくれはしないか」
「どうした変質者?」
「100円貸してくれ。朝からクラスの奴らとポーカーやってたんだけどよ。最初調子良かったのに、負け続けて制服取られたから取り返したいんだ。頼むッ、シグレッ。このままだと、オレは一週間、あいつらに昼飯おごり続けなきゃいけなくなっちまうんだ」
「300円やる。今日の昼飯、俺にだけ奢れ」
「ありがてぇーーーッ」
セブンは俺がサイフから出した300円を両手で受け取り、大事に握ってクラスの輪に飛び込んでいった。なんだか大盛り上がりしているようだった。
「ちょっと、もうっ、息ができないわ。ふふふっ、あはははっ!」
「なんでクラスの奴らでポーカーやってんのに制服までむしり取るほど本気なんだよ、あいつら」
「とってもユニークなお友達ね、うらやましいわ」
2-Eのクラスで歓声と悲鳴があがった。あまりに大きすぎるそれは2-Aの教室の前にいる俺たちにも聞こえてきた。
「もうやだ、おうちかえる。あのクラス恥ずかしい」
「よしよし、しぐれは良い子。しぐれは良い子」
背伸びして頭をなでてくれる美月がいなければこのまま帰宅してしまいそうだった。
「とりあえずここ2-A。オイ、高久。転校生の席どこだよ」
近くにいて名前を知っているやつに声をかけた。
「あ、天宮、そ、そこだよ」
「ありがとう」
俺の名前を呼ぶと、クラスが静まり返る。相変わらず居心地の悪いクラスだと思った。
美月の席に教科書を置いた。
この変な雰囲気に美月は戸惑っているようだった。
俺は美月になにも声をかけず、右手で手を上げてすまんと意思表示して教室を出た。
こんな空気なるなら来るべきじゃなかったと後悔しながら。
頭を抱えながら自分のクラスに戻った。
とんでもないものを見た。
頭を抱えて膝から崩れ落ちそうになった。
「シッグレー、シグレ、シグレー、チュッチュー」
「セブン、やめろ汚ねえ。キスしてくんなバカ。一体なにがあったんだよ。お前と俺以外、服着てないじゃないか」
なぜかセブンは制服を着ていた。かわりにほかのクラスメイト全員がパンツ一枚になっていた。男の肌色と、色とりどりのパンツが目に入って来てこの世の地獄かと思った。
何が起こってるかさっぱりわからない。
「時雨ちゃん、朝からなにやってんのー? ほんとに朝から何やってんだお前らーーーー」
「……ホスト」
「ああ、時雨ちゃん。どうやらまともなのは俺たちだけらしい」
「こんな汚い現実、見たくなかったよ」
「セブン、これどったのよ?」
「聞いてくれよ。ロイヤルストレートフラッシュなんて、はじめてみたぜ」
「オッケー、わかったセブン。いますぐ全員に制服を返そっか」
「ホスト、それは違う。オレは制服までとらないって言ったんだ。あいつらがそれじゃ筋が通らないって脱いだんだ」
「わかったセブン。300円返せ。それと、全員の制服は俺がもらう。いいな?」
「いいぜ、シグレ。制服なんか欲しかったのか?」
「お前らおれに貸しだ。制服返してやるから、俺が困ったら助けてくれ」
「ありがてえ」
「助かったぜ天宮」
「さんきゅーな」
そういうとセブンの席近くに散らばってる制服を拾い始めた。それは俺のだバカ。ちげーよ、俺のだよ、というような怒声が飛び交った。
「安売りの洋服漁るマダムみたいな光景じゃん」
ホストが呆れながらそう言っていた。
「いやー、危なかったわ。あやうく毎日こいつらに昼飯たかられるとこだった。ひとり一回昼飯奢ってもらえるから、しばらく生きていけそーだぜ」
「おまえもギリギリだったなセブン」
「こういうどん底から勝つのがやめられねーんだよ」
そう言ってセブンはにこやかに笑っていた。さっきまで裸だったのがうそのようだった。
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