第3話 ブルームーン
俺の通っている高校、謳歌学園の入学式の日だ。
目が覚めると13時だった。
いっしょに住んでいる妹は仕事のため朝からいない。父親は去年からずっと単身赴任中。帰ってくることなんて、ほとんどない。花恋の入学式でも、帰ってくるような人ではなかった。それでも親父のことは嫌いじゃない。
なにをしようか? なんて思いながらパソコンの前に座った。チャットツールで2人からメッセージが来ていた。花恋から、可愛いスタンプといっしょに「帰り遅くなるよ。ごはん食べてて」スタンプの動物はごめんねと言っていた。「おはよう。了解」それだけメッセージを書いて送った。
さて、もうひとりだ。
名前はブルームーン。明らかにハンドルネームだ。とても仲のいい友達。俺の唯一無二の親友。だけれど、顔も名前も知らない。ネット上の友達だった。
中学生のとき、ネトゲにハマった。戦争がテーマになっているゲームだった。いくつかある国に所属して、国同士戦争をし、勝つと領地を得て、国を大きくしていく。たまたま同じ戦場で、なにもわからず敵地に突っ込み敵プレイヤーに囲まれた俺を、笑いながら助けてくれたのがブルームーンだった。そこで俺に飛ばしてきたチャットの内容はいまだに覚えている。
「ついてこい」
そう言われて俺はなにもわからなかったけれど、追った。
魔法使いのブルームーンは、エフェクトが大きく派手な魔法で敵プレイヤーを蹴散らしながら進み続けていた。
「そのクリスタルを割れ」
そう言われて、よくわからないままクリスタルを割っていた。
クリスタルに触れたときから、敵がまばらに押し寄せた。ブルームーンはそれらを蹴散らしていた。さすがにそのままクリスタルを割って勝利とはいかなかったけれど、ブルームーンがその戦争中に使えるスキルと動き方を教えてくれて敵プレイヤーのキルを取らせてくれた。
それがきっかけに、ゲームでつるむようになった。友達になり同じ戦場に通った。1年ほどそのゲームをやると、同じギルドに所属したりして、すっかり仲良くなってしまった。
ただ、このときの印象深いプレイはたまたまうまくいっただけだと知ったのは、だいぶ後になってからだった。ブルームーンのゲームプレイ傾向では、勇気と無謀を間違えているような無茶な動きが多い。ただ、そのリスキーなプレイでも最後は勝つとかいう、最高にクールな結果を見せてくれる。つまり、いっしょにプレイしていて、みんながムリだと思う、びっくりするような方法で勝つから楽しいんだ。ゲームが変わっても、そのスタイルは変わらなかった。どのゲームでも、ブルームーンは単純に強い。そして、プレイングがうまい。強さは課金でプレイは才能って冗談で言ったら、事実だって笑われたのを覚えている。廃課金なんだよな、こいつ。
ある日、同級生だったブルームーンは、高校受験のためゲームを一旦控えた。俺もそれに習った。そのときにお互いの連絡先を交換して以来、毎日連絡を取り合っている。
連絡を取り合ったとき、俺のキャラクターネームがリアルの名前と同じで笑われたっけ。
やっていた戦争ゲームはサービスを終了してしまったが、今ではいろんなゲームで遊ぶゲーマー仲間だ。よく考えたら3年ぐらいゲームをしたり、下らない会話をしてる仲だった。
携帯で、ブルームーンからのメッセージを開いた。
「今度、引っ越すんだけど。この駅と時雨のトコ、近くじゃなかった? いまここにいる」
いっしょに写真が送られてきた。
歩いて10分ほどの距離にある最寄り駅だった。
メッセージが送られた時間は10分前。
「は? 10分待ってろ」
俺はそうメッセージを送った。
「5分で来たら逢ってやる。出会い厨め」
「身長180cmイケメンです。オフパコ希望」
「ダメそう。童貞のお前のオフパコ成功率教えろよ」
「オフパコ成功してたら俺が童貞のわけないよな?」
「どうせ今起きたんだろ。5分だけ待ってやる13:10分ゲームスタートだ」
「その前に1つ聞かせてくれ。赤のチェックシャツと緑のチェックシャツどっちが好き?ズボンはベージュのチノパン」
「赤。オタクコーデのプロかお前」
「これ以外に俺の持ってる服って女物しかないんだが?」
「前言ってた女装ってまじか?」
ブルームーンが流行りの日常系アニメの毒舌女キャラのスタンプを使ってくる。
「軽蔑するわ」というテロップがついて、ゴミを見るような目でヒロインが俺を見てくる。
「ほらよ」
妹の部屋に勝手に侵入し、俺用のクローゼットを開ける。白いブラウスに黒いスカートとかその系の清楚系ファッションだ。その写メを送った。
「童貞を殺す服を着た童貞wwwwww」
「自殺プレイ」
「喫茶店で笑わせるのやめろww」
「特定した」
「してみろよ?」
「特定班出発する」
携帯でメッセージを打った。
俺は赤のチェックシャツとチノパンに、ミズノのランニング用の赤いスニーカーを履いて駆けだした。
出発した時間は13時10分を少し過ぎていた。
全力で走った。胸の高鳴りは抑えきれなかった。だって、ブルームーンに会える。
3年も連絡を取り合って、暇なときはずっと一緒にゲームをしている仲だ。好きにならないわけがない。俺の中で1番会いたいやつだった。
最寄り駅に到着したのは13時16分だった。
「ついたぞ」
「時間過ぎてね?」
「頑張った」
「なあ1分」
「頑張った」
「けど、16分」
「チャンス。チャンスください」
「仕方ない。当ててみろ。駅前の喫茶店にいる」
「全力で当てにいっていいんだな? 喫茶店の全員に声かける」
「チャンスだからな。1回きりだ」
「首を洗っておけ」
「首を長くしてろの間違いじゃないか?」
俺は駅前の喫茶店に入った。
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