第2話 テレビに映るアイドルは、となりの妹の顔をしている

 今日、2回目の風呂に入る。

 1時間かけたメイクを5分で落とした。

 ドライヤーなんか必要ないぐらいの短い髪をタオルで雑にふきあげる。

 そのままジャージでリビングの扉を開けた。

「はい、お兄ちゃん」

 テレビを見ている妹の前には白い液体の入ったグラスが2つある。1つは豆乳、もう1つは牛乳。同じソファにとなり合って座り、牛乳に口をつけた。

 熱心にテレビを見る妹に聞いた。

「花恋、今日テレビ出るの?」

「でないよー。けど、夜にライチちゃんがスメラギテレビ系の番組に出るよ」

「雷堂のやつか。時間遅いし、気が向いたら見る。なあ、前金曜日の音楽番組出たやつ見てもいい?」

「またー? もー、はずかしいよ。……失敗しちゃったし」

 顔を赤くしながらリモコンを俺に渡してくる。リモコンを使って、録画してあるハードディスクから目当てのテレビ番組を再生した。

 リモコンを片手に前のめりになってテレビに向かい合う。

「ふつうに見てよ。ふつうに」

「俺の妹がテレビ出たんだぞ。ふつうじゃいられない」

 3日前に放送された音楽番組に妹が出演した。

 となりに座っている俺の妹を見る。画面に映っている人物を見る。テレビのなかのアイドルは妹と同じ顔をしていた。

 3人組のアイドルグループ『七色エスケープ』

 テレビの中央にグループ名と、ひとりひとり、名前のテロップが浮かび上がる。

 天宮 花恋。ご丁寧に、あまみや かれんと読み方までふってある。

 花恋はピンクと黒のステージ衣装を着て、屈託のない笑みを浮かべカメラとお客さんに向かって手を振っている。同じグループの氷室氷雨と雷堂ライチも同じようにファンサービスを行っていた。

「もう、最高。ここまででループしていい?」

「まだ歌っても無いよ。出てきただけだよっ」

「見て、この花恋。めっちゃ可愛くない? 知ってる? 春から高校1年生だぜ? 俺の1つ下なのに、なんでこんな大人な対応できるの? すごくない?」

「おかしいな? お兄ちゃんのなかではテレビの妹はとなりにいる妹と別人なの?」

「いや、画面を通したほうが妹を愛しやすい」

「そういう恥ずかしいこと平気でいわないでよぅ」

 顔を手で隠して、下を向いてしまった花恋の肩をたたいた。

「ほら見ろっ。七色エスケープが歌うぞ。マイク持った、マイク持った。ほら氷室さん、綺麗でミステリアス。ほら雷堂、金髪ヤンキー。ほら花恋、花恋、花恋だぞ、花恋」

「うーるーさーいーっ」

「ぶっ」

 暴れる花恋によって、バスタオルを口に押し付けられて黙らされた。

 それでも歌い始める七色エスケープを応援するべく、リモコンをサイリウムのように振った。

 サビまではそれぞれ3人でパート分けしてあり、1人が歌う間ほかの2人は踊る。

 氷室さんが最初のメロディを歌う間、雷堂と花恋がキレッキレのダンスを踊る。雷堂のほうが花恋よりも背も高く、手足が長い。けれど、花恋はそれに負けないほどのキレで踊っていた。

 金髪をツインテールにした目つきの悪いヤンキーアイドル雷堂の歌っている姿が、画面にアップになる。目ざといそいつは、自分がアップになっているのがわかっているのか、眉を片方上げてわらって見せた。雷堂をテレビで見ると意外にも映える。これは単にカメラマンがうまいんだと思う。長い髪を振り回しながらターンし、後ろに向かって歩いていくところでカメラが替わった。

 氷室さんが歌っている。近寄りがたいオーラがあると言われるアイドル。綺麗な瞳が輝いている。透明感のある伸び伸びとしたスケールの大きな歌声。クリスタルボイスと称されている歌姫が声を届けている。

「うわああああああああ~~~~~~~~っ」

 花恋がテレビに大きく映ってる。歌ってる。

「あー……またお兄ちゃんが限界オタク化しちゃった」

「花恋が歌い続ける限り、俺は何度でも限界を超えて見せる」

「限界オタクって悪口だからねっ?」

 3人が協調し、サビをコーラスで歌い上げる。

 歌い終わるまで3人は息がぴったり合っていた。

 ここまでは素晴らしい。ここからが、もっと素晴らしい。

 サビが終わり間奏になる。

 花恋がステージの上でアップになった。

 可愛らしい少女といわれる花恋だけれど、このときだけは違った。恰好良く美しい。それだけオーラが違う。

 花恋が体をひねる。体を真横に1回転し、床に手をついてからまた回転した。続いてバク転。勢いのついたまま体を後ろにそらし回る。もう1度バク転。さらにはやく回る。最後にバク宙。手をつかずに後方に宙返りし、前後に開脚して着地した。

「何度も聞いてわるいんだけどさ……こんなアクロバットできたん?」

「できたというか要求されたというか……。もともとバレエずっとやってたり、ダンスは好きだしねー。そうだ、聞いてよ。カメラ映えするダンスやってほしい。けれど足開いちゃダメとか言われたんだよ。足開けなかったらトーマスもウィンドミルもできないから、結局アクロバットになっちゃうんだよ。ごめんお兄ちゃん、もう一回見せて」

 自分の動きを確認するように、花恋は食い入り、もう一度アクロバットをする自分を見ていた。

「やっぱりタッチダウンライズするとき、ステージ横方向でカメラ前なら斜めに飛んだほうよかったな。シルエットは良いけどバク宙スプリットのあとカメラ見るの忘れてる。あー、ダメだなあ。この時なに考えてたんだっけ……んー。よし、反省会終わり。ありがとっ」

「この先こそ反省会ものじゃないのか?」

「あれは事故だよっ。事故なの!」

 間奏のギターソロが入る。

 雷堂がギターを弾いていた。尖った犬歯をむき出しに、挑発的に笑いながらギターを弾く姿は恰好いい。ギターもきっとうまいんだけれど、音よりも雷堂に見入ってしまう。

左手が軟体の生き物のように動き、右手が細かい動きを繰り返す。

「ライチちゃん格好いいし、音がキレイすぎるよ。速弾きなのにミュートすごくない?」

「雷堂が恰好いいのはわかるがギターの音はわからない。けど、手元じゃなくてずっとカメラ煽りながら、これ弾いてるのはすごいと思う」

「テレビの人も事務所もさ、ほかにもいっぱいアーティストさんいる番組で、ライチちゃんに弾かせたがるからね」

 ソロを終えた雷堂がカメラに向かって指を指す。人差し指と中指を揃えて銃のようにした指を「バンっ」と言いながら上に動かした。

「あいつ、余裕だな」

「ほらライチちゃんカメラとか気にしないから」

「カメラだけじゃなくて人目を気にしないだろ」

「あーっ、たしかに」

「あ、来た、来たーっ」

「やめてよー。私のミスで盛り上がらないで。もうっ」

 花恋がアクロバティックを決めて、雷堂がギターソロを決めたステージの上。トラブルが起こる。

 氷室さんが何事もなかったように自分のフレーズを歌い上げる間、後ろに映っている花恋がやった。ステージパフォーマンスをするために置いたマイクを忘れてきた。気づいた花恋は後ろを振り返った。ギターを置いて集まってくる雷堂が、それに気づいて花恋のマイクを拾おうとして、やめた。氷室さんの綺麗な歌に「ゴッ」という汚くて重い音が混じった。雷堂の奴、花恋のマイクを蹴り上げやがった。時間なかったにしろ、それはないだろと俺は腹を抱えて笑った。雷堂は何事も無かったように自分のフレーズを歌いだした。

 空を飛んでいるマイクは花恋に向かっていく。花恋は腕を伸ばしマイクを取ろうとして、やめた。マイクが手の甲の上で立っていた。そのままマイクを手首に沿って回転させてから、マイクを握り歌い始める。

「花恋」

 となりの妹にテレビのリモコンをパスしてみた。

「よっ、ととっ」

 手の甲の上でリモコンが立たせてキャッチしている。

「それ、どうしたのさ?」

「お仕事でフレアバーデンダーの人と一緒になったときに教えてもらったんだよ。フレアっていう自己表現って意味が、いいなって思って。これはバランスって技。本当はお酒のビンを投げて受け止めるんだけどね」

「すげえなあ」

「いやぁー、お兄ちゃんほどじゃないよ」

 そう言っているとピタッと曲が終わり、それに合わせて3人が同じポーズでストップしていた。

 何度見ても、見るたびに拍手してしまう。司会の有名芸能人もマイクを持ったまま拍手して話し始めた。

「すげえー。七色エスケープすげえッ。アイドルの枠を超えてる。氷室さんが歌って、雷堂さんがギター弾けて、花恋ちゃんが踊れる。すげえーッ。花恋ちゃんのパフォーマンスに、うわあーッって声出ましたよね。あと雷堂さん、ギター弾いた後でマイク蹴ってた?    ずっとここで司会やってるけど、マイク蹴ったアイドルはじめてですよ」

 司会の芸能人にそう言われた雷堂はピックで頬をかきながら、そうですか?と言っていた。

「これ色々と放送事故だよな」

「マイク忘れちゃったしねー。これ終わったあとしばらくイジられるだろうなぁ」

「雷堂のマイク蹴りほどじゃないだろうけどな」

「ふふっ、まちがいない」

 見終わったテレビを消した。飲み終わったグラス2つをキッチンへ持っていく。洗い物をしていたときだった。

「お兄ちゃん、ごめんね。入学式の日なんだけど」

「んー?」

「お仕事入っちゃって、行けなくなっちゃった。お兄ちゃん、学校……行く?」

「いや、行かないかな」

「ん。そっか。ごめんね」

「いや、ぜんぜん問題ない。なんだかんだ3学期1度も登校してないからな。それでも進級させてくれた学校にびっくりしてる。けど、1年のままだと花恋と同級生だったのに」

「同じクラスだったらお兄ちゃんと授業受けられたのかも? そうだったら、良かったな。私、芸能科だから別のクラスになっちゃうだろうけど。入学式の次の日はいっしょに登校しようね?」

「そうだな」

 花恋はそういうとドライヤーで髪を乾かしはじめた。

 俺は黙々と洗い物を続けた。

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