第六章 コルネリアの物語 モルダウ居館

思い出

 モルダウの至宝の一人、金髪碧眼のコルネリアは、思い出に浸っていた……

 夫人という位をもつ彼女は、こみ上げる不安を振り払おうと努力していた。


 フィン内乱の為に、ヴィーナスが危険な戦いに出ていく……

 待つしか出来ないコルネリアだったが……


     * * * * *


 王位継承トーナメント記念舞踏会を思い出していた。

 愛するヴィーナスとの、初めての出会いは不愉快な物だった。


「ご歓談の中、失礼とはぞんじますが、ウィルヘルム様が私に、父上の嫁になれとおっしゃって、案内してくださったのです」


 コルネリアたちが、主であるフィン連合王国の至高王、ハイドリッヒと歓談していた時に、その女はずけずけと声をかけてきた。


 コルネリアたちは思わず、その無礼な女を睨みつけようと……


 そこにいたのは、フィン全土に美貌をたたえられたコルネリアたち、ハイドリッヒの側室と云えども、霞んでしまうような美女が佇んでいた。


 その側には、これまた、恐ろしいほどの美しい女が二人、侍女のように控えていた。

 それがヴィーナス様だった。


 ひと目でわかった、この女は普通ではない。

 他を圧する威厳、神々しい美貌、相対するハイドリッヒさえも、すこし怯んだように見えた。


 ただ無邪気なウィルヘルムだけが、その女にまとわりつき、頬にキスを受けて、他の者の羨望を、一心に受けたのを覚えている。


「ウィルヘルム様ったら、ヴィーナス様にキスしてもらって……」

 コルネリアの知る限り、ヴィーナスのキスを貰ったのは、このウィルヘルムと父親のハイドリッヒ、あと噂ではあるが、神聖守護騎士団団長の息子のジャンだけ……


「あの時のヴィーナス様は美しかったわ」

 思い出に引きずられて、独り言をこぼしたコルネリア。


 その脳裏には、流れるように踊っていたヴィーナスと、その相手のハイドリッヒ。

 二人は何もいわず踊っていた。


 何事も無く日々は過ぎ、ハイドリッヒは王位継承トーナメントを、圧倒的な力で勝ちぬき、再びフィン連合王国の至高王となった。


 ある日、コルネリアは湯あみの後、ほてった身体を冷やそうと、王宮のバルコニーに出るとハイドリッヒがいた。

 王としての威厳が漂っている。

 ハイドリッヒは無言で、ロンディウムの町を見下ろしていた。


「あるじ様、どうなされました?」

「コルネリアか?何でもない、町の灯りを見ていただけだ」

 ハイドリッヒはそれだけをいったが、コルネリアにはハイドリッヒが、何を考えているのかはすぐに判った。


「ご不快を覚悟で申し上げますが、この間の美女、お召しになられたらいかがでしょう?」

「あの方なら、至高王の王妃にはうってつけ、私たちも文句はありません、皆、側室として、あの方に従いますが?」


 すこし微笑んだハイドリッヒだったが、

「多分、フィンの王妃では役不足、それほどの方だ」


 コルネリアはその一言で理解した。

 それより上の女性の位といえば、三つしかない……神聖教次席賢者、そして大賢者、あとは……


 口には出さなかったが、コルネリアも、その最後の位に納得するしかなかった。

 どう考えても、その位に似合いすぎる。


 そのハイドリッヒも、棺に入って帰ってきた。

 エラムでの動乱が終わり、平和と共に、ハイドリッヒは永遠の眠りに入ったのだ。


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