グレンフォード一族


 このダニエラの親近感とは別の親近感を抱く者が、今一人トレディア城にいた。

 グレンフォード一族の長、バーナード・グレンフォード……


 彼はグレンフォード侯爵家が代々居城としていた、トレディア城の当主の執務室で物想いにふけっていた。


 なぜビクトリア殿に親しみを感じるのだろう……

 この西部辺境において名を知らぬ者などいない、我らグレンフォード一族の当主であるこの私が……


 親しみというより、懐かしさを感じるのだが……

 これで良いのか父上……女ごときに親しみを感じ……

 壁一面に並んだ歴代当主肖像画の一番端の、亡き父の肖像画を見つめていた。


 ふと、その初代当主の肖像画に目がいった。

 この男がグレンフォード一族の祖、しかし……長い歴史を誇るグレンフォードの歴史はこんなものではない……

 

 トレディア城は数千年の歴史を誇る。

 グレンフォード一族はその歴史の彼方、トレディア城創建当時より、この地に根を張っている。

 しかし、記録はこの男より始まる。


 三百年以上の昔、グレンフォードは一度滅亡しかけた事があった。

 当時の西部辺境領の大部分を支配していた帝国の傘下にいたグレンフォードは、権力争いの渦中で讒言に遭い、反乱と判断され一族滅亡の憂き目にあった。


 当時の当主の妹君が、身ごもっていた側室を身を呈して守り、その後、復讐の為に奴隷にまで身を落とし、なお且つその身体と引き換えに、魔法を身につけ復讐をとげ、側室の子をグレンフォードの当主につけたのだ。


 この時の話しは代々、グレンフォード一族に伝えられている。


 そうか……名前だ……

 ビクトリアとは、その妹君の名、ビクトリア・グレンフォードと一緒だからか……


 しかも、まれにみる男勝りの上に、魔力も持ち合わせている……

 グレンフォードの守り神、ビクトリア・グレンフォード……と重なるからか……

 なるほど、多分生きておられたら、今のビクトリア殿みたいな女性なのだろう……


 ビクトリア殿は、西部訛りが見られる、多分出身はこの地だろう。

 それにトレディア城の弱点を知っているのは、グレンフォード当主と、分家筆頭のブレイスフォード子爵家当主だけ、敵はだから知っていのであろうが、それを知っているとは……


 グレンフォード一族の流れをくむのだろうか?なら喜ばしい事だが……


「グレンフォード小父さま、難しいお顔ですね」

「ダニエラか、この度はすまないな」

「いえ、私は本当に何ともおもっていませんし、ビクトリア様にはなにか親近感を感じますし……父は嫌そうですが」


「それはそうだろうな、ギッシュの秘蔵っ子だからな」

「ギッシュ家には、幼いといえ弟が生まれましたし、私はいつかギッシュの家を出て行く身、女ですから……」

 このエラムでは売買婚が普通なのだが、はたしてギッシュが手放すだろうか?


 グレンフォードとしても、ダニエラは血のつながらない姪ともいうべき存在、ギッシュが同意しても、自分が横車を入れるのは確実なのは、グレンフォード自身が知っている。


 ヴィーナス様の女官が一番いいのかもしれぬな……

 女が一人で生きて行くには、それしかないが……


 そんなことを考えながらも、

「ところで何用かな?」


「伝言よ、ビクトリア様が、小父さまと夕食でもどうかと、明日ヴィーナス様に会いに行かれるので、留守の打ち合わせをしたいって、ねえ小父さま、ビクトリア様ってグレンフォードの人?」


「どうしてそう思う」

「前から思っていたわ、だって、あの方に良く似ているもの」

 そう云ってダニエラは、初代グレンフォード侯爵の肖像画を指差した。


 この時、バーナード・グレンフォードは確信した。

 ビクトリア・グレンフォードは生きていたのだ、再びグレンフォードの窮地を救ってくれたのだ……

 しかし、当の本人が口に出さぬ以上、この話しはすべきでなかろう。


「この部屋で夕食の用意をしてお待ちすると伝えてくれ」

「なんでこの部屋なの?」


「この部屋はグレンフォードにとって神聖な部屋なのだ、敬意を表したいのだ」


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