ダニエラ


 ビクトリアの脳裏に、一人の女が浮かび上がった。

 「そうだ!あの女だ!」


 ダニエラはギッシュ伯爵家で、両親たちとくつろいでいた。

「それでサリーさんはお変わりなく?」

 と、伯爵夫人が聞いています。


「相変わらずお美しくて……サリー様より美しい方っているのかしら……噂ではアナスタシア皇女も、大層お美しいと聞いてはいますが……」


「そうだな、私もあの方より美しい方など想像出来んな」

 伯爵も同意しています。

 やっとトレディアの町でも、平和な会話が交わされている。


 とにかく、トレディアの人々は、戦勝をささやかに祝っている。

 その中に、ギッシュ伯爵家も混じっている訳で、

「ダニエラ、よくやってくれた、グレンフォードにも借りを返せた、私もこんな怪我などしなければ戦えたのだが……」


 伯爵は狩りの時の怪我で、右足が不自由になっていた。

 この恩あるトレディア城の危機に、なにも出来ないのを悔んでいたのだが、ダニエラが、自ら働くといってくれたのだ。

 そこでギッシュ伯爵家としても、グレンフォードに対して、顔向けが出来たというわけである。


 久しぶりの家族団欒のギッシュ伯爵家に、グレンフォード侯爵がやってきた。

 そして、

「すまぬな、ダニエラは良くやってくれたのに、今少し働いてくれないか?」


「娘になにをせよと?」

「ビクトリア殿に仕えてくれぬか」


「グレンフォード!それは出来ぬ、ダニエラは女だぞ、ビクトリア殿に仕えるとは!」

「違う違う、ビクトリア殿はヴィーナス様の愛人、おいそれと、他の者を抱いたり抱かれたりはせぬ」

「ではなにゆえか!」


「ビクトリア殿は、西部辺境地域の軍政を命じられている、しかしだれも近寄らない……何故かはわかるであろう」

「赤毛の死神使い……恐怖の使い……」

「私も事務能力という点では自信がない、という自信はある」


「しかしな……」

「ビクトリア殿の指名なのだ、ダニエラを副官にしたいといわれた」

「難儀な話しだな」

「すまぬ」


 伯爵は執事を呼ぶと、

「ダニエラをここに呼んできてくれ。」

 しばらくしてダニエラがやってきた。


「お父様、御用とか?」

 伯爵は事の顛末を説明して、娘の気持ちで決めるつもりのようだ。


「いいわよ、私を見込んでくれたのでしょう」

 あっさりと返事した娘に、

「相手は赤毛の死神使い……いいのか?」

「構わないわ、ビクトリア様って、サリー様のお友達ですから」


 ビクトリアが見込んだ通り、ダニエラは素晴らしかった……

 トレディア城、および西部辺境領の軍政は、ダニエラの貢献のおかげか、見事な物だった。


「ビクトリア様、戦火のおかげで、食糧不足が懸念されます」

「とくにこの度の戦いで、戸主が死亡している家では、家族の者を売るような家が出るでしょう、いかが成されますか?」


「何とか避けられるか?」

「反旗を翻した諸侯の領地にある、備蓄食糧を全て放出しても、予定の八割、どこからか、残りを調達しなければなりません」


「しかし大陸全土で、食糧が不足すると予測がされています。そこで今年度は食糧を配給とし、海岸地方には魚が取れた場合は魚を配給、腐らないように、効率を最優先に考慮すると、予定の九割は何とか出来ます」


「さらに野草など、いままで食糧としては、顧みられなかった物の中でも、なんとか食糧の代用に出来る物があり、有効活用すれば九割八分は行けます、しかしその為には、かなりおいしくない食事となりますが」


「うまいまずいはいわせておけ、一家離散などは、決して起こしてはならない、皆で少しばかり空腹を我慢すれば、良い話しなのだろう?」

「そう思います」

「では実行してもらおう」


 ビクトリア様……人々に対して思いやりがあるのに……損をしていますね。

 心の中で、そう思ったダニエラであった、そしてこうも思っていた。

 ビクトリア様って、グレンフォード侯爵にどこか似ている……


 だれもが、恐れ近づかないこの女傭兵に、ダニエラは親近感を抱くのだ。

 サリーに抱くような、姉を慕うような感覚ではなく、言葉は悪いが、仕事仲間に持つ親近感といえば良いのか……

 そう大先輩に対して抱く、憧れのような親近感といえばいいのだろう。


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