赤毛の死神使い


 トレディア城を包囲していた敵に、知らせが入った。

「なに!ロマノフ名誉騎士団が侵攻してきただと!」


 次々と来る知らせは悪い事ばかり、彼らの領地をロマノフ名誉騎士団が占領、帰る所がなくなったどころか、領地から送られてくる食糧なども途絶えた。


 諸侯から領地に戻ろうとする意見が出始める。

 彼らはそこで軍議を持ち、一旦領地に戻りロマノフ名誉騎士団を一掃した後、再度トレディアを包囲することにした。


 軍団はついにトレディア包囲を解いたが、しっかりと殿(しんがり)を固め粛々と撤退を始めた。

 ロマノフ名誉騎士団ぐらい、野戦なら蹴散らせると信じているからだ。

 それほど彼らは戦に自信を持っている。


 ましてたとえバラバラになったとしても、兵力でも圧倒している。

 為につまらぬ攻城戦より解放されたとの思いが強い。

 ビクトリアは、軍団が解散するその時を待っている。

 このような時というものは、皆戦意が低下しているものだ。


 そしてトレディアからかなり離れた所で、軍が行軍を停止、殿(しんがり)を務めていた軍から戦意がなくなった。


 ビクトリアは今と思った、そしてそれは姿を現した。


 周りの気温が下がってきている。

 黒い塊が浮き上がり、輪郭がはっきりしないが、人形のように見える。


 赤く不気味な目が二つ……それだけが何とか色を纏っている……

 死神はそれを呼びだす者によって形が違う、呼びだす者の恐怖の具現化なのだから、当然かもしれぬが……


 しかしこの死神と相対したものは、自らの恐怖がそこに見えるのである、だれもが心の深層に持っている絶対的な恐怖が……


 そして、こうあってはならないと思う死に方が身に降りかかる……

 部外者から見ると、腐りながら死んで行くように見えるが、本人は違う死に方をしているのである。


 ビクトリアは短く命じた。

「使命をはたせ!」


 恐怖が軍隊の中で踊っている……

 人の恐怖を糧にして、死神と呼ばれる物の周りで、生命エネルギーが途絶えて行く。


 無残な殺戮がどのぐらい続いたのか、ビクトリアが死神を封じた時は、死体の半分は恐怖に歪んだ顔を晒し、残りのさらに半分は髪が白くなっていた。

 わずかに残っていた西部諸侯の敵軍は白旗を掲げて……


「こうも簡単に終わるとはな……降伏した敵軍の武装を解除しろ」

 ホラズム王国軍でもそのぐらいは出来る。


 ビクトリアは、生き残りの領主たちと会見をした時、彼らはこう云った。

「汝らはヴィーナス様に反旗を翻した、しかし降伏をした以上、無用の争いをしないと考える、汝らには処罰が下る、厳罰を覚悟してもらう」


「それを甘んじて受け入れるなら、兵士たちは勇戦したのだから、故郷の家族のもとへ帰らそうと思う、ただし汝らの誓いを確認しておきたい」


 ブレイスフォード子爵という者が、

「兵士たちは全て農民、領主の命に従っただけ、死んだ者の家族にも、何とか配慮をしてもらいたい」

「その上で我らは望みが一つある、死は受け入れる、しかし我らも武人、戦ってくれないか、有名な傭兵ビクトリアと戦って死ねれば本望である」


「それはヴィーナス様にいってくれないか?」

「汝らの気持ちはよくわかる、なんせ私も同じような事をヴィーナス様に言って、瞬殺された経験がある」

「ヴィーナス様がお許しになるなら、汝らの望みを叶えよう」


「そうなのか……ならば願えば、黒の巫女様とも戦えるのか……」


 この者たちは、使い道のある男たちだ、あるじ殿なら、その値打ちが判るだろう……我があるじならば……


「潔い汝らなら、願えば戦っていただけるかもしれぬ」


 勝利に、トレディア城は湧きかえっていた。


 凱旋したビクトリアにアリスが、

「ご苦労様、ヴィーナス様から、そのまま西部辺境領に駐留せよ、との命令です、サリーさんはヴィーナス様のもとに行かれました」

「そうか……間に合わなかったか……アリスはどうする?」


「私はキリーに戻ります、キリーを守らねば」

 そうか、しかし困ったな……私は事務など苦手だし……かといって占領行政は必要となるが……


 グレンフォードに命じるしかないが……困ったぞ……

 だれもが私を避ける。

 死神を使ったのが、まずかったかもしれぬ。


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