遥かなり、我がトレディア


 我が故郷、トレディア……


 ビクトリアさんは懐かしそうに眺めながら歩いています。

 そこここに、遥か昔の思い出がこびりついているのです。


 幼き頃に遊んだのは先程の中庭、列柱が並ぶ回廊のどこかには、落書きが残っているかもしれない……

 しかし、この城には戻りたくなかった……

 目の前で一族が虐殺されていくのが脳裏を過る……


「ご苦労をかける、貴女の名を聞いておこう」とビクトリアさん。

「ダニエラ・ギッシュと申します」と案内している女。


「ダニエラ、今少しの辛抱だ、救援は必ず来る」とビクトリアさん。


 ダニエラさんは、

「信じております、あのサリー様がお仕えするヴィーナス様ですから、私たちをお見捨てにはなりません」


「サリーを知っているのか?」とビクトリアさん。


 ダニエラさんは、

「我が家に良く遊びに来られました、たまにはアリス様も来られていました」

「そうか」とビクトリアさん。


 見なれたドアが目の前に……


 ダニエラさんが、

「ここにグレンフォード侯爵が居られます」


 父上……兄上の子孫に会うことになりました……

 しかも私は、再び兄の一族を助ける事になります……


「グレンフォード侯爵、ヴィーナス様のお使いとして、ビクトリア様がお越しです」


「お通ししろ」とグレンフォード侯爵。


 グレンフォード侯爵は、かなりの傷を負っていたにもかかわらず、ビクトリアさんに椅子を勧める余裕を示しました。


 兄上……


 ビクトリアさんの凝視に、グレンフォード侯爵は。

「このような無様な姿で申し訳ない」

 と詫びました。


 貴族然とした男だ……父にも兄にも似ている……


 三百年の永きさすらいの果て、ビクトリアさんは子孫、おのが一族と対面したのだ。


 その部屋は父の執務室だったのです。

 グレンフォード侯爵の後ろに、父や兄が立っているような感じがするのですが、今はヴィーナスの使いです。


 ビクトリアさんは、極めて事務的に用件を切り出しました。

「ヴィーナス様はタリンとの決戦を決意され、自らタリンを成敗されるお考えであるが、貴官の救援要請を受理された」

「そこで私にロマノフ名誉騎士団を預けられ、西部辺境領へ侵攻をお命じになられた」


「我らはホラズム王国軍と会同している、今よりロマノフ名誉騎士団を分離して、このトレディア城を包囲している反徒どもの根拠地を蹂躙する、多分それで包囲は解けるであろう」


「私は残るホラズム王国軍を率いて、浮足立った連中を背後から叩く」

「貴官たちには今しばらくの辛抱をしてもらいたい、食糧が不足と思われるので、少しずつではあるが、なんとか運び入れる算段を講じるつもりだ」


 グレンフォード侯爵は、

「食糧さえあれば、あと一月は持ちこたえる事は可能でしょう」

「トレディア城は難攻不落、兵糧責め以外では落城しません」


 ビクトリアさんは、

「一つ忠告しておく、この城には弱点がある」

「南東の城壁付近は地盤が脆い、その脆い地盤を攻撃魔法で連続的に打撃を与え、掘り繰り返すと地盤が崩壊、その上に乗っかっている城壁も崩れる」


「その昔、それで一度落城している、心しておくように」

「どのような城も難攻不落はあり得ない、兵士の血と汗が難攻不落を形作るのだ」


 このトレディア城は落城などさせない。

 グレンフォードに再び悲劇は訪れない。

 私がそれを許さぬからだ。

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