遥かなり、我がトレディア


 我が故郷、トレディア……

 ビクトリアは懐かしそうに、眺めながら歩いた、そこここに、遥か昔の思い出がこびりついている。


 幼き頃に遊んだのは、先程の中庭、列柱が並ぶ回廊のどこかには、落書きが残っているかもしれない……

 しかし、この城には戻りたくなかった……

 目の前で、一族が虐殺されていくのが脳裏を過る……


「ご苦労をかける、貴女の名を聞いておこう」

「ダニエラ・ギッシュと申します」


「ダニエラ、今少しの辛抱だ、救援は必ず来る」

「信じております、あのサリー様がお仕えするヴィーナス様ですから、私たちをお見捨てにはなりません」


「サリーを知っているのか?」

「我が家に良く遊びに来られました、たまにはアリス様も来られていました」

「そうか」


 見なれたドアが目の前に……

「ここにグレンフォード侯爵が居られます」


 父上……兄上の子孫に会うことになりました……

 しかも私は、再び兄の一族を助ける事になります……


 ダニエラとその様な会話をしたあと、

「グレンフォード侯爵、ヴィーナス様のお使いとして、ビクトリア様がお越しです」

「お通ししろ」


 その男は、かなりの傷を負っていたにもかかわらず、ビクトリアに椅子を勧める余裕を示した。

 兄上……


 その男はビクトリアの凝視に、「このような無様な姿で申し訳ない」と、詫びた。

 貴族然とした男だ……父にも兄にも似ている……


 300年の永きさすらいの果て、ビクトリアは子孫、おのが一族と対面したのだ。


 その部屋は父の執務室だった。

 そのグレンフォード侯爵の後ろに、父や兄がたっているような感じがするが、ヴィーナスの使いであるので、ビクトリアは極めて事務的に用件を切り出した。


「ヴィーナス様は、タリンとの決戦を決意され、自らタリンを成敗されるお考えであるが、貴官の救援要請を受理された、そこで私に、ロマノフ名誉騎士団を預けられ、西部辺境領へ侵攻をお命じになられた」


「我らはホラズム王国軍と会同し、これより、ロマノフ名誉騎士団を分離して、このトレディア城を包囲している、反徒どもの根拠地を蹂躙する、多分それで包囲は解けるであろう」


「私は残るホラズム王国軍を率いて、浮足立った連中を背後から叩く」

「貴官たちには、今しばらくの辛抱をしてもらいたい、食糧が不足と思われるので、少しずつではあるが、なんとか運び入れる算段を、講じるつもりだ」


「食糧さえあれば、あと一月はもちこたえる事は可能でしょう、トレディア城は難攻不落、兵糧責め以外では、落城しません」


「一つ忠告しておく、この城には弱点がある、南東の城壁付近は地盤が脆い、その脆い地盤を攻撃魔法で連続的に打撃を与え、掘り繰り返すと地盤が崩壊、その上に乗っかっている城壁も崩れる」


「その昔、それで一度落城している、心しておくように、どのような城も難攻不落はあり得ない、兵士の血と汗が難攻不落を形作るのだ」


 このトレディア城は落城などさせない、グレンフォードに再び悲劇は訪れない、私がそれを許さぬからだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る