ヴィーナスの加護


 ロマノフ名誉騎士団は、アムリア国境から侵攻を始めた。

「ビクトリア殿、敵がいないようですな」

 イワン団長が、拍子抜けした顔で声をかけてきた。


「敵はトレディアに籠る、ヴィーナス様に味方する者たちを包囲していると情報が入っている」

「兵力に劣る我らには好機でもあろう」

「明日、ホラズム王国軍と会合する地点に達する、そこで作戦会議をする、それまではこのままで行きたいものだ」


 ビクトリアの呟きは現実のものとなり、ロマノフ名誉騎士団は敵と一度も会わずに、ホラズム王国軍が野営する地点に進出した。


「諸君、これからの作戦を伝える」

「情報によると、敵の主力はトレディア城攻略の為に、トレディア近郊に集結している」

「その勢力はわが軍の数倍に上る、そこで、わが軍の主戦兵力であるロマノフ名誉騎士団をここより分離、イワン団長の指揮のもと、敵の根拠地を蹂躙、占領していただく」


「しかし無理に占領しなくても良い、徹底的に根拠地を叩いて、兵糧などの物資を補給出来なくすれば、敵はあわててトレディア城の包囲をとき、根拠地に戻ろうとするだろう」


「撤退状態なのでまともに戦えないと思われる、そこをホラズム王国軍で叩く、各個撃破していけばよい」


「しかし幾ら難攻不落と呼ばれるトレディア城も、陥落寸前と知らせが有りますが、そこまで持ちますか?」

「救援がそこまで来ていると知れば、死力を尽くせるだろう」


「どうして知らせるのですか?敵の包囲をかいくぐって、トレディア城に入る事は至難の技……」


「それは私が行く、私は知っての通り、黒の巫女の鍵の守護者、ヴィーナス様の愛人である」

「私の魔力なら、ここからトレディアへ行くなど簡単な事」


「イワン団長、貴官に明日の正午までこの兵団の指揮権をゆだねる、兵たちに英気を養わせておいてくれ」

「行動は明日の正午、それまで警戒を怠らぬように、それから入らぬ心配をしている者がいるようなので言っておくが、私はヴィーナス様のお許しにより死神を呼びだせる、今回その許可も得ている」


「死神の噂は、諸君も薄々知っているはずである、それを呼びだす」

「したがって我らは負けない、ヴィーナス様の旗の下にある者には、ヴィーナス様の絶大なご加護がある!」


 このビクトリアの言葉は、弱兵と呼ばれ、自らも自認するホラズム王国軍に絶大な力を与えた。

 末端の兵士たちまで、必勝の信念を持ったようだ。


 トレディア城の中庭……ビクトリアは転移した。

 予想通り、トレディア城は陥落寸前の状態であった。

 食糧も後五日ほどになり、寝る間もないほどの防衛戦に、兵士たちは疲労困憊の状況にあった。

 中庭には兵士たちの治療テントが連なり、血膿の臭いが立ち込めている。


 光と共に天より下りてきた女に、トレディア城は騒然とした。

 ビクトリアは、ただ一人平然としていた女に、

「わが名はビクトリア、ヴィーナス様の愛人の一人、この城の最高責任者に会いたい」

 と、声をかけた。


 女は負傷者を治療していたのだろう、清楚な服が血まみれになっていた。

 完全武装の傭兵姿のビクトリアに対して、その女は、

「ご案内いたします」

 と、短く答え、ビクトリアを案内するという。


「貴女は、ナイチンゲール看護婦人会にでもいたのか?」

「いいえ、ただトレディアの人々には良くしていただいたので、このような時に、役に立とうと思いまして」


 ほぅ……

 この辺境の地といえど、このような女もいるのか……

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