勅命


 勅命……

 西部辺境諸侯領へ侵攻、制圧せよ。


 簡単に云ったヴィーナスだったが、簡単ではない事は、だれよりも良く知っているはず。

 その証拠にロマノフ名誉騎士団をつけてくれた。


 中心都市トレディアを、占領しようとしている者どもを蹴散らせ……


 トレディア城は難攻不落、それは一番良く私が知っている、でも弱点がある……

 それは私しかしらない……


 昼前に命を受け、その後のビクトリアの行動は素早かった。

 ロマノフ名誉騎士団を緊急招集すると、騎士団幹部の前で一つの演説をした。


「諸君、私はヴィーナス様の勅命を受け、共に西部辺境諸侯領へ侵攻する!」

「諸君は先の蛮族どもとの動乱で、無傷で残った数少ない軍団である」


「知っての通りタリンは、エラムの為に戦った、数多くの兵士の血で購った、平和の果実をかすめ取ろうとしている」

「あろうことか、蛮族どもはこれを利用しようとしている」


「本来諸君は、ヴィーナス様の最後の切り札、戦略予備軍として、対タリン戦線に投入されるはずだが、西部辺境諸侯がタリンと内通、我らがタリンと決戦している隙に、後ろから侵攻するとの情報を得た」


「ヴィーナス様の軍は、ほとんどが再建途上、今ここで前後からの挟撃を受けると、タリンの思うままになってしまう、さらに南部辺境でも同様の動きがある」


「ほぼ同時に、ホラズム王国軍も行動を共にするが、戦力の中核は、諸君たち一万名の騎士だけである」


「ヴィーナス様は自ら、もう一つの、無傷で残った聖戦騎士隊、及び麗しの女騎士団と奉仕の魔女団、再建途上のモルダウとシルバニアの部隊だけで、タリンなどのフィン北部連合と、決戦なされようとしている」


「だれもが無謀とお止めしたのだが、ヴィーナス様は、これ以上の戦いは民の迷惑と、速戦即決をお決めになり、御自ら血刀を振われるおつもりである」


「我らは素早く目的を達し、可能ならタリンとの決戦に、参加しなければならない」

「精鋭なるアムリア帝国騎士団の流れをくむ、ロマノフ名誉騎士団諸君、名誉ある旗を掲げよ、名に恥じぬ手柄を立てよ、手柄には必ず報いると、ヴィーナス様のお言葉である」


 イワン団長が、

「ロマノフ名誉騎士団!これより出陣する、かかれ!」


 おぉぉぉ……

 男たちの歓声が響き、ビクトリアは久しぶりに、血がたぎってくるのを感じた。


 キリーの町を、ビクトリアを先頭に、騎乗した男たちが背にしていく。

 それを女たちが見送っている、だれもがこれから先の、男たちの困難を理解しているのだ。


 アムリア帝国の最後の王族、美貌でなるアナスタシア皇女が、正装して見送っている……

 その横には、サリーもダフネもいる。


 ヴィーナスに従う美貌の女たち、ビクトリアも惚れ惚れするほどである。

 しかし本人はあまり気にしていないが、ビクトリアも美貌という点では劣ることはない。


 赤毛の女の後姿を、サリーたちは無言で見つめている……


 このキリーの町も難攻不落で有名、その訳は、城門から続く街道が唯一の道なのだが、その道は地獄の一本道。

 砂浜に通るその道は、このエラムに巣食う、化け物みたいな巨大肉食の海浜生物、ウミサソリキングの、繁殖地の真っただ中を通っている。


 ここを何事も無く、散歩のように歩いたのは、ヴィーナスと鍵の守護者たちだけ……

 いまその道を、隊列を組んで堂々と軍団が進んでいく。

 類まれなるヴィーナスの魔力が、ウミサソリキングを近づけさせないのだ。


 ビクトリアは先頭に立ってすすんでいく……

 歴戦の伝説の女傭兵……戦を前にした、ビクトリアの威風が周りを圧していた。


 その後ろには一万の騎士団、抜けるような空の下、ヴィーナスの紋章旗がはためいている。


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