第五章 ビクトリアの物語 西部辺境諸侯領平定戦

赤毛の女傭兵

 勅命……ビクトリアは、あるじであるヴィーナスより、西部辺境諸侯領を平定せよといわれた。

 歴戦の女傭兵である、ビクトリアの指揮能力を高く買っての事だった。


 従う者はロマノフ名誉騎士団一万名、あとは弱兵と評判のホラズム王国軍。

 数少ない味方が立て籠もる、トレディア城に転移して思う事は……三百年ぶりの故郷は変わらない……戦いに明け暮れ、戦う事だけは得意な西部辺境諸侯相手に、ビクトリアはある決意で臨むことに……


     * * * * *


 ビクトリア……

 惑星エラムの中央大陸の住人で、知らぬ者はいない赤毛の女傭兵……

 しかも、いまは黒の巫女ヴィーナスを守る、鍵の守護者の一人。


 朝が来ているようだが、まだ日はあがっていない。

 ビクトリアは朝の鍛錬を、いまだ暗闇が支配する冷気の中で、行うのが日課になっている。

 夜の暗闘に備え、 三百年愛用している剣を手に、夜間視力を鍛えているのだ。


 その視界には、遥かな昔の景色が、幻が纏いついている。

 兵士が血刀を振い、女子供が悲鳴を上げながら、殺されていく……

 兄上……


 ここはキリーの亡霊の館、ヴィーナスに最初に忠誠を誓ったこの町を、ヴィーナスはこよなく愛し、よくここで休暇をとったりしている。

 

 そのヴィーナスの館を、『亡霊の館』と人は呼んでいる。

 この名前は、ヴィーナスがまだ正体を隠さなければならない頃、他の町の者を近づけさせない為に、当時あった町外れの廃墟同然の館に住んだ事による。


 脅しの為に名付けられた名前が、いまでもそのまま使われている。

 しかし、幾度かの改装を経て、壮大な宮殿となっており、ヴィーナスの愛人たちも個室を持っている。


 この『亡霊の館』の中庭で、ビクトリアは一人、剣の鍛錬をしているのだ。


「朝から熱心ね!」

「ダフネか、朝が苦手なあんたが、今日はどうしたのか」

 大賢者ダフネ、ヴィーナスの懐刀ともいわれる女である。


「昨日の諮問会議で、対タリン戦が決まったの……また戦争です……」

「ヴィーナス様は速戦即決をする気で、自ら死地に赴く覚悟のようですが……」


「ご聡明なあるじ殿が決められた事だ、我らが心配しても仕方ない、我らはあるじ殿の為に尽くすだけだ」

「私は命じられたら何でもする、ダフネ、あんたは守るものが多すぎる、四百年に渡り生きていたのだろう?もう守るものはあるじ殿お一人でいいのではないか?」


「私はあるじ殿とともにある、万に一つあるじ殿になにかあれば、私も共に従うつもりだ、このビクトリアは常にあるじ殿と共にある」


「私もビクトリアのように、割り切れればね……」


「大賢者も辛いな、ところで何用だ?」

「出陣のご命令が出る、その前に朝食でも一緒に取ろうと思ったの」

「あんたの手料理は遠慮させていただく」


「心配することはない、サリーの手料理ですから、美味しくはないが、食べられなくはない」

「忙しいから、こんな早朝にしか時間がとれないのでね、いきましょう、サリーが待っています」


 すこし焦げたパンと、不揃いな切り口のサラダと、沸騰しすぎたミルクが用意されていた……

「朝からお酒は控えてね、聞いたと思うけど、ビクトリア、軍司令官として出陣することになったのよ。私たちは貴女の無事を祈っているわ」


 サリーというのは黒の巫女の側近、美女中の美女、そのサリーが手料理などという、珍しい事をしているという事は……


 やっかいな相手なのだろうな……


 その時、部屋のドアがノックされて、だれかが入ってきた。

 三人の主……ヴィーナスその人、その手にはプディングが入った籠が下げられていた。

 差し入れを持ってきてくれたようだが、後で謁見の間に来るように、ともいわれたビクトリアだった。


「本当にヴィーナス様は苦労が多い事」

 サリーが呟くと、ダフネもビクトリアも頷くばかり……


 その後、ビクトリアは朝風呂などはいり、身支度をして、謁見に望んだ。


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