王族殺しの大罪人の最後


 ……なるほど……

 アリスさん、ごめんなさいね、ギッシュ伯爵のご一家の為にひと暴れしますから……


「ダニエラさん、何とかしてあげますね」

 サリーは初めて転移の魔法をイメージしました。


 ホラズム王国の監獄をイメージすると、不思議にその場所が頭の中に浮かび上がり、ギッシュ伯爵の牢屋が見えるのです。


 呪文が頭を過ります。

 「ショートワープ」と、となえますと、ギッシュ伯爵が閉じ込められている独房に転移しました。

 呪文の意味は判らないのですが、我ながら凄いと思います。


「ギッシュ伯爵ですか?助けに来ました」

「だれだ、貴女は?」


「リリアン夫人に世話になっているしがない娼婦」

 サリーさんは言葉を続けます。


「さて始めさせていただきます、大暴れして死んだ事にするのです」

 カチャッと音がして、ブリチャード式魔法エアーライフルが空中より浮かび上がり、サリーの手に握られています。


「ストロングアーマーイン!」

 壁を崩し、天井をぶちぬき、挙句の果てに床を壊し、無茶苦茶に壊しますと、やっと警備兵が走ってきました。


「お前は王族殺しの大罪人!」

「なにさ、死にたいの!邪魔しないでよ、ギッシュ伯爵、長年の恨みを晴らす時が来たわよ、死ね!」


 その時、ドーンという大音響とともに、建物全体が崩れ始めました。

 舞い上がる埃の中、伯爵の悲鳴が響きます。


「ざまあみろ!」

 サリーさんの声が響きますが、それも建物崩壊の轟音にかき消されました。


 どこからか火がついたようで、紅蓮の炎が建物の残骸を包み、牢獄はそれこそ跡形もなく消えてしまいました。

 二人の死体は見つかりませんでしたが、ギッシュ伯爵と王族殺しの大罪人は、建物と共に死んだとされました、が……


 その頃、ロマリア大公国にあるギッシュ伯爵家のイーゼル別荘には、サリーさんと当主のギッシュ伯爵の姿がありました。

「お父様!」

「貴方!」


「ギッシュ伯爵、とにかく死んだ事になっているはずですが、ここにはいない方が良いかと思います、どうされますか?」


「実は西部辺境地帯に領地を持っています」

「トレディアの近くですが、領主のグレンフォードとはカルシュの学校で同窓でした、その時に売りに出されていた領地を買ったのです」


「いまはグレンフォードが管理してくれていますが、そこへ行こうかと……」


「ここを売り払って、それを路銀と使用人たちの退職金に充てようと思っています」

「しかしここからトレディアまでは、ホラズムを抜けなければならないのでは?」


「たしかにまずいですが、教団領を抜けてアムリア経由はもっと大変でしょう。」

 サリーが困っていると、アリスの声が聞こえます。


「サリーさん、今回だけですよ、トレディア城の広間に転移出来るようにしてあげます、恩に来てくださいね」

 アリスさん、感謝します。


「私の先生が力を貸してくれるそうです、三人をトレディア城の広間に転移させてくれるそうです、この際、甘えましょう」

「お願いします」


 ギッシュ伯爵は執事さんを呼んで、別荘を処分して皆の退職金として分配するようにと命じました。


 そしてささやかな別れの宴を開きました。

 勿論、ギッシュ伯爵のことは内緒なので、ひっそりとした宴会ですが……


 その時、執事さんと一部のメイドさんたちは、ギッシュ伯爵に、

「旦那さま、奥さま、お嬢様、必ずお側に馳せ参じますので、どうか落ち着かれたらお知らせ願いませんか?」

「わかった、執事に必ず連絡をする、皆、元気でおれ、また会おう」


 サリーさんは、そのような主従関係など、見た事がありませんでした。

 知っている主という存在は、冷酷で使い道がなくなれば、容赦なく切り棄てる存在、それが当然の事、そう思っていたからです。


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