ギッシュ伯爵家


 ギッシュ伯爵家は、ジャイアール近郊に領地を構えていますが、ロマリア大公国のイーゼルにも別荘を持っており、リリアン・ギッシュ伯爵夫人は、そこの温泉に保養に行く途中だったのです。


「イーゼル温泉?湯船に裸で入るというやつですか?」

「さすがに、サリー様は大魔法士であられますね、庶民は入浴なんてことは、知らないですから」


「ところで、あの消えた少女はお弟子さんですか?」

「いえ、あの方は私の先生、それこそ、大大大魔法士と呼んでも良い方です」

「……それで……歳を調整出来るのですか」


 そんな話しをしていますと、ロマリアとの国境に差し掛かります。

「ホラズム王国のリリアン・ギッシュです、乗っているのは、私と娘のダニエラ、侍女のサリーです」

 そういって、一枚の手形を見せました。

 どうやらそれで通行出来るようです。


「どうぞ、お通り下さい」

 なんなく国境を通過してしまいます。

「やれやれ、助かりました、感謝します」

「十日は滞在してくださいね」


 いえ、それは……

 伯爵家の別荘に、しがない娼婦くずれの女なんて……分不相応でしょう……


「私は元々、恥ずかしい事で暮らしていた女です、とても伯爵家の別荘に、泊れる身分ではありません」

 そうお断りしたのですが……


「サリー様!ご自分を貶(おとし)める物ではありません」

「昔はどうあれ、いまはご立派です」

「私もすこしは、魔法士の知り合いがおりますので、魔法については多少知っております」


「しかしサリー様の魔力は、比べる物の無い物です、匹敵するのは神聖教大賢者様ぐらいでしょう」

「ここまでなるには、辛酸を舐められたはず、いまあるご自分を、誇りにすべきとは思いませんか!」


 ……


「すこし、私たちの別荘でお過ごしください、何といっても命の恩人、感謝を受けとめるのも、人の道というものです」


 そうこうしている間に、ギッシュ伯爵家のイーゼル別荘に、馬車は滑り込み、使用人がズラーと並んで、出迎えています。

「奥さま、お嬢様、お疲れさまでした、こちらのご婦人は?」

「山賊に襲われている時に、助けていただいた方です」


「しかし……」

「ここはロマリア大公国、ホラズムの警察は関係ありません」


……奥さま……


 私は泊めていただく事にしました、でも何かしなくては……

 お料理なんて出来ないし……お掃除ぐらいなら……

 パタパタ……バタバタ……ドタドタ……


「サリー様、似合わない事はしない方が良いのでは?」

 執事さんが、ついに忠告してくれました。

「すいません……」


 ある日、ダニエラさんが泣きそうな顔で、ポツンと庭のベンチに座っていました。

「どうなさいました?」

「……」


 しばらく黙っていましたが、

「昨日、お父様が……国王陛下のご勘気を受けて……牢獄に閉じ込められたと……知らせが……」

 と、ぎれとぎれに、語ってくれました。


 ギッシュ伯爵は、ホラズム国王に諫言を行い、逆鱗に触れたようです。

 しかも領地は没収、ギッシュ伯爵も、死刑になるとのことです。


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