第四章 サリーの物語 あるじ

待ち望みし主は神より美しい

 サリーはもうすぐ死が訪れると自覚し、それを待ち望んでいた。

 そしてついにそれはやってきたのに、遥かな暗闇の底から声が響いた。


 黒の巫女の侍女になれ……

 娼婦に身を落とした私が……

 条件は黒の巫女の奴隷として仕える事……


 ヴィーナスのハウスキーパー、サリーの、主を待ち望んだ日々のお話し。


     * * * * *


 その方は凛として、立っておられました。

 目をいささか半眼にして、何かを考えるような、お顔をされていました。


 この世界では良くある、森林にぽっかり空いた、広場のような場所の真ん中。

 遥か古代に栄えたであろう、崩れ落ちた教会の、祭壇の上に立たれていました。


 空は晴れ渡り、風はその方の黒髪を、優しく撫でるように、いや、従うように流れて行きます。


 その方を取り巻くのは、周囲を圧する強大な魔力……

 目の前にいる者、全てが膝を屈する、そんな威厳に満ちています。


 本来、この辺りは、獰猛な肉食獣が徘徊する危険な森、なのに生きる物、全てが息を止めて、遠巻きに見つめています。


 人ではありえない美しさという物は、怖いほどです。

 言葉が見当たらないほどの美しさ、その横顔はだれが見ても女神様……

 いや待ち望みし方は、神より美しかったのです。


 ご主人様……

 やっと私は主を持てたのです。


 私はサリー、このエラムで、12歳で両親に売られて、恥ずかしい姿で、御客を取る娼婦をしていました。

 18歳で身請けされましたが、それは私の地獄の始まり、娼婦の時よりも、さらにひどい虐待をうけて……


 2年前、衰弱して、とうとう動けなくなると、主は私を捨てました、ゴミのように……

 捨てられたのは街、道より少し踏み込んだ草むらです。


 近くでは、野犬が待ち構えているのがわかります、私が死ねば、というより、もっと衰弱して、抵抗が出来なくなればと、舌舐めずりをしています。


 雨が降り始めました。


 最早、私は暑いも寒いも感じなくなって、それでも思うことは、父と母と可愛い妹、マリー……

 私を売ったのは、きっと仕方なかったのでしょう、妹の為と思えば……


 お母さん、先に行きます……


 黒の女神様……

 せめて最後は、その手で私を抱いて下さいませんか……

 惨めな人生に安らぎを……お与えください……


 甘美な死の静寂が私を包んでいきました。


 サリー……娼婦サリー……


 死にいく私に声が聞こえます。

 男か女か判らぬ不思議な響きです。


 サリー……娼婦サリー……


 私はその声に、ふと答えました。

「だれ?私はやっと終わるの……辛い日々もこれで最後、そっとしておいて。」


 明日は昇る、新しい人生で、やり直す事が出来る……

 黒の巫女に仕えよ……


「黒の巫女様?」


 そう、もうすぐ審判者がやってくる、貴女の世界の神話でいう、黒の巫女が……


「私が?このような穢れた女が、黒の巫女様に仕える?」


 審判者は類まれなる叡智の持ち主、この世界のいく末を決める方……貴女はその方に仕える……

 審判者は女ではないが、このエラムの世界に来る時に、女にさせられる……


 この事は御自分では望まれてはいない、しかし、その叡智が必要なため、そのような犠牲を払わされることになる、しかも一度死んでいただく……


 惨い……だれかは知らないが、そんな惨い目にあうなんて……


 その為に、審判者はストレスが溜まる……男として女は必要……

 たとえ女になったとしても、心は男のまま……、判るであろう……


「わかりました、お望み通りに、黒の巫女様にお仕えいたします」


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