補助動力
矢のようなスピードで疾走する、特別急行『氷結の魔女号』は、一路シビルを目指して、山岳地帯に差し掛かります。
最大出力をだすために、動力魔法使いは持てる全ての魔法力を、二つの圧縮空気式魔法動力エンジンに注ぎ込みます。
周囲の空気を圧縮し、それをシリンダー内に注ぎ込むのです、その為、他の事が出来なくなります。
見習いは、使用後の圧縮空気が膨張する時に、周囲の熱を奪いシリンダーが凍結するのを防ぐ役目をします。
排出された、膨張している空気を暖めるのです。
なお且つ、山岳地帯では砂を動力輪の前に撒きますが、乾季といえそこは山岳地帯、雨など降れば動力輪が空転する時があります。
その時には速度が落ちますが、魔法動力エンジンを一時停止し、魔法動力機関車に設置されている、補助動力を使用することになります。
動力輪の直前のレールを、固定電磁石としS極にし、動力輪を可動電磁石にします、
そしてレール側のS極を前方に移動させてすすむ、鉄輪式リニアモーターカー方式です。
しかしジューンたちには詳しい説明はありません。
この補助動力は、ヴィーナスの比類なき魔力の賜物と、皆納得しています。
この補助動力を動かす為には、機関車に厳重に管理されている、金庫の中の赤いチョーカーを使用することになります。
チェーンが光輝いているこのチョーカーをつけて、機関車の補助動力スイッチたる、チョーカーのチェーン受けに、チョーカーチェーンをつなぎ魔力を発動します。
後の制御は補助動力自身が自動で動かします、ただべらぼうに体力を浪費しますので、あまり使用しないようになってはいます。
機関士が、「動力輪が空転している」と、いいました。
「仕方ない、補助動力を使おう」
動力魔法使いがそう云うと、金庫を開けて赤いチョーカーを首に巻き、チェーンをつなぎました。
そのころアメリアは物想いにふけっていました。
二年ほど前にタリン王国は崩壊し、アメリアの愛したリヒャルト国王は自殺、アメリアは国を滅ぼした国王の妻妾としての責任を問われ、奴隷として売られる事になりました。
他の二人の側室、デボラさんとシャーリーンさんと三人で覚悟していると、あたらしく成立したパリス連合王国宰相に就任したグレゴリー公爵が、三人の購入をヴィーナスに進言してくれたのです。
アメリアは三人の中では目立たない存在、しかしヴィーナスは公平に愛してくれます。
アメリアが夜に侍ると、ヴィーナスは必ず優しく頭を撫でてくれます。
なにもいいません、ただ優しく、ともに寝てくれます。
アメリアは何故か心がいやされるような、リヒャルトの事が遠い彼方の事のような……
そしてその後の事を思うと、顔が赤らむのです。
「アウセクリス女王陛下……」
グレゴリー公爵がパリス発展の為、アムリア王国の王都ホッパリアへ商業使節を派遣すると決めた時、アメリアは自ら進んでホステス役を引き受けました。
本当はグレゴリー公爵の孫娘、側女(そばめ)アンジェリカが、ホステス役に決まっていましたが、勝気でまだ若いアンジェリカでは役不足……
物静かで聡明なアメリアが適役なのはだれもが認める所、シャーリーンさんでは魅力的過ぎて、デボラさんでは賢すぎる。
しかし女の魅力で男たちをひきつけ、なんとか商談にこぎつけなければなりません。
内心、グレゴリー公爵もアメリアをと望んでいたが、主君であるアウセクリス女王の寵妃には、そんなことはいえない……
アンジェリカなら自分の孫娘、自ら望めば周囲も納得するので、目をつぶって側女アンジェリカを内定したのですが、アメリアが空気を察して自選してくれたのです。
ふと、アメリアは、窓の外の景気に気がつきます。
シビルへ向かう山岳地帯のような景色ですが、横殴りの雨が降り始めています。
乾季ですがこの辺りは雨が良く降るのです、しかも列車は速度をいちじるしく落としています。
「なぜですか?」
と、アメリアは列車長、つまり車掌を呼んで聞いてみますと、
「山岳地帯に差し掛かり、雨で車輪が空転しているようです、多分、補助動力に切り替えたと思います」
「補助動力?」
「このような時に使用する動力ですが、いちじるしく体力を消耗します」
「動力魔法使いが心配です、通常の使用は禁止されていますから……」
アメリアは、朝に言葉を交わした、元気そうな八人の娘の顔が、頭をよぎりました。
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