パリスステーション


 大陸馬車鉄道の特別急行列車にだけ、この圧縮空気による、魔法動力機関車が連結されます。


 カルダン駆動方式でピストンによる単動式。

 四つの動力輪を、二つの魔法動力で動かす為に、動力魔法使いは一人で同時に、二つの魔法動力に同期をとりながら、圧縮空気を送り込みます。


 動き始めると冷気を発する、この機関車が牽く特別急行列車は、そのことよりエラムの住人から、『氷結の魔女号』と呼ばれているようです。


 動力機関車は、大陸馬車鉄道に黒の巫女から下賜されたもので、とても大事な物、ピカピカに磨き抜かれています。


 氷結の魔女号の魔法動力機関車には、四人の動力魔法使いと四人の機関士が乗り込みます。

 全て女性のクルーで、動力魔法使いと機関士がチームを組んで、二十四時間三交代で、疾走することになります。


 あと、見習い動力魔法使いと見習い機関士が、補助として乗り組む事に成っています。

 二年の見習い期間を過ぎれば、正式に動力魔法使いとなれます。

 十四で魔法学校に入ったジューンは、いま十九、初めての氷結の魔女号乗務を命じられたのです。


 ジューンは、そのピカピカの魔法動力機関車を、陶酔するように眺めていました。

 すると、

「見習い、動力魔法課程だそうだな、期待している、よろしく頼む」


 声をかけた先輩は、魔法学校の第一期生、当時は専門の動力魔法課程はなく、第五期生のジューンの時に、初めて出来た課程です。

 先輩は、正規の課程卒業生が出るまで設置されていた、卒業生用の短期動力魔法課程の卒業生、努力の人なのです。


「本日は臨時運行とか聞きましたが?」

 通常運行とは、今のところ十日に一回、シビル・パリス・ハイドリアを往復するだけです。

 ちなみにハイドリアとは、パリス連合王国と戦ったハイドリア連合王国の首都の名前。


 昔はフィン連合王国という、八つの王国の連合体を構成していたのですが、内乱の結果、パリスとハイドリアの二つの連合王国に分裂したのです。


「聞いてないのか?」

「見習いには説明はありませんので」

「そうだったな、アメリア様が、パリスの商人を率いてご乗車になる」

「目的地はホッパリア、シビル、カルシュを経由することになる」


 アメリア様というのは、内乱に敗北し自決した、前タリン国王の側室です。

 エラムのしきたりで、売りに出された時、新たに即位したアウセクリス女王、つまりパリス連合王国の女王として即位した、ヴィーナスの名前ですが、その女王に購入されて、夫人のチョーカーを授かった方です。


 アメリア様?雲の上の存在だわ……


「大陸横断線を二日で走り抜ける、シビル、カルシュにしか止まらない」

「ジューンにはシビルあたりの、山岳地帯を超える時に、魔力の補助を命じる」


 朝靄(あさもや)の中、氷結の魔女号がホームで待っています。

 ホームでは、胡散臭い商人たちの中に、図抜けて綺麗な方が一人、たたずんでいました。

 細面で目が大きく凛とした女性です。


 この方がアメリア様……

 その細い首には、ヴィーナスの寵妃では上位の位、夫人の証である、赤銅色のチョーカーが燦然と輝いていました。


 パリスステーションの駅長、ルートピッヒが挨拶をしています、するとアメリアが、ジューンたちの前まで歩いてきました。


「今日はご苦労ですが、お願いします」

 と、一人一人と握手をしてくれます。


 女官というのは、位の上の相手には、服従するように、徹底的に教育されています。

 魔法動力機関車の八人のクルーは、全員アンクレットを付けているので、自然と直立不動の姿勢になりました。


 アメリアが列車に乗り込み、八人は発車の準備に取り掛かります。

 朝靄(あさもや)は陽にかき消され、空は前途を祝福するような快晴、乾季のドライな空気が心地よいパリスを後に、氷結の魔女号は定刻にホームを離れました。


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