地獄の魔女


 とにかく、ダガさんがもう少し元気になるまで、アリスさんはキャンプを続けることにしました。


 その日は二人用のテントに、三人で寝ました。

 インナーシーツと、サーモライトビビーサックにくるまって、三人で抱き合って寝ました。


 姉妹に両側からくっつかれた時、アリスさんは二人に、肉親のような思いを抱きました。

 大事な妹たち……姉のような感情……

 とても大事なような、かけがえのない思い……


 自分に頼り切って安心してスヤスヤ寝ている姉妹を、思わず抱きしめたアリスさんでした。


 ザバー


 何かが、湖面を割る音が聞こえます。

 その何かが岸に上がる音が……

 這いずるような音が近ずいてきます。


 アリスさんは黙って、音のする方に行きます。

 姉妹をおこさぬように、気をつけながら……


 暗闇の中に、巨大なワニのような奴がいました。

 デイノスクス、体長十五メートルほどの太古のワニが、この湖には生き残っているようです。

 湖の主なのでしょう、アリスさん、大丈夫でしょうか……


「ワニさん、カバンになりたくなかったら、黙って湖に帰りなさい、シッシッ」

 あまりのアリスさんのいい方が分かったのでしょうか、デイノスクスが怒り狂ったようです。

 どしどしと地響きをたてて突進してきます。


 アリスさんのチョーカーが薄く青白く輝きだし、空間に淡く光る帯が出現しました。

 それは赤く渦巻き始めて、デイノスクスにリボンをかけるように巻きつきました。


 デイノスクスが帯にくるまれて、身動きが出来なくなって……

 それは突然に燃え上がりました、デイノスクスが天に召されたようです。


「ワニのお肉って、おいしいのかしら?」

 救われないデイノスクスですね。

 でもトコトン焼かれていますので、炭になっています。


 アリスさんは、ヴィーナスがその昔に良くしていた事を思い出して、風を呼びデイノスクスを大地にかえしました。


「さて、眠いわ」

 アリスさん、何事もないようにテントに戻ると……


「待っていたよ、お嬢さん」

 見なれない男が、アリスさんのテントの前に立っています。


「汚い男に用はないのよ!」

「俺はあんたには用は無い、本当はさらおうとしたが、俺もあの化け物のように成りたくないのでね」


「じゃあ、さっさと消えて」

「勿論すぐに退散する、俺たちの物をかえしていただけたらな」


 アリスさんは、やっとこの男の正体がわかりました。

「人さらいね、姉妹に手を出すと、ただでは済まさないわよ」


「それはこちらの言葉、手をだすと姉妹の命は無い、このまま連れて帰らしてもらう」

「あんたはこの女たちが必要なら、奴隷市場で買うことだ」


「させると思っているのですか!」

「思っていないさ、だからこうするのさ!」


 突然の大音響とともに、白い煙に包まれたアリスさん、「これは……」

 そう、催眠ガスに眠らされたアリスさんでした。


「野郎ども、姉妹をかっさらって逃げるぞ!」

「親分、この女をほっとくのですかい?」

「ほっとけ、かかわると死ぬぞ、そいつは地獄の魔女だ、それでもやりたかったら好きにしろ、止めはせぬ」


「ありがたい」

 手下が一人、アリスさんにのしかかるのを尻目に、親分は全力で逃げます。

「馬鹿が!」

 親分は吐き捨てるように云いました。


 アリスさんの危機です。


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