想い


「ペネロペさん、大丈夫ですか?」

「このたびの事、心より感謝しています……ありがとう」

 常日頃、何となくペネロペには冷淡なニコル女官長がいいました。


「いえ、だれでも必死になるものです」


「女官たちから聞きました、皆を守るために身を呈したと」

「本当にあの時は必死だったのです」


「そうですか……皆さん、すこし席を外してくれませんか」

 と、ニコル女官長がいいます。


 女官長というのは、ハレムにおいては、絶対権力者に近い存在、そのお願いにあがらう者などいません。


 皆が遠慮したのを確かめると、ニコル女官長が、

「ペネロペさん、ここの女官たちは私も含めて、貴女たち旧王族の方々には親切ではなかったはず」

「それでも皆を守って……なぜかをお聞きしても良いですか」


 ペネロペは初めて本心を語る事にしました。


「私は黒の巫女様が来られるまで、ジャバの王族の娘として、何一つ不自由なく育ちました」

「国民の悲惨な状況を、何一つ知らずにです」


「それが突然の国王の死、それも臣下の者による裏切りの暗殺、命乞いの証として首を取られ、イシュタル様に差し出されたのはご存知の通り」


「ドリスは当時幼く、その責任は問われないでしょうが、私はそうはいきません」

「イシュタル様が王宮に来られ、前国王の治世を改められるのを見るに、私が何と無知だったのかを思い知りました」

「私がぬくぬくと育っていたのは、その国民の血と涙の上に成り立っていたのです」


「ここの女官さんたちは、その当時の国王の治世の悪さのおかげで、売り飛ばされた方が多いのです」

「その方たちから見れば、今もぬくぬくとイシュタル様の寵妃となった私たちが疎ましいはず」


「本当は奴隷市場にたち、売り飛ばされるのが本来の在り方」

「私はイシュタル様のお心のお優しさは、ありがたく思っていますが、苦労された女官さんたちから見れば、良いようには思われていないと理解しています、またそれも当然」


「ではなぜ!」


「王族の誇りです、たしかに昔の私は無知でその責任を果たしていませんでした」

「しかしイシュタル様を見ていて思いました」


「二度の大動乱を乗り越え、このエラムの大陸に平和を導き、イシュタル様は皆の為、幾度も死ぬほどの大けが」

「あのたぐいまれなる魔力をもってしても、完治には時間がかかるほど……そのイシュタル様が呟くのを聞いたのです」


「こうして皆に養ってもらう以上、責任を果たさねば……と」

「私は衝撃を受けました」


「上にたてばたつほど責任を果たすのだと、その責任を遅まきながら今こそ果たす時だと……」

「いま私はイシュタル様の寵妃、夫人の地位にあります」

「ここで頑張らねば、再び私は責任を果たさない事になります」


「イシュタル様が寵妃にするわけですか……」

「私はイシュタル様とであった時、兄は殺され、身は略奪され散々に……」

「その時、黒の巫女様に出会い……巫女様の怒りはすさまじく、死神を出されて……」

「私は懇願して、復讐をさせてもらいました」


「あの頃のジャバは酷く荒れ果てて、売り物といえば奴隷、ジャバは奴隷貿易の国でした、自国民を売り飛ばしていたのです」

「それでどうしても元王族の方々は好きになれなくて……」


「前王妃の御自害で、執政たちは怒りを納めたようですが、女たちは自らの境遇を振り返ると、割り切れぬものがあったのです」


「しかし、少なくともジャバ王宮の女官たちは、わだかまりが消えました。

「皆、貴女に仕える事に誇りを感じるでしょう」

「本当にありがとう、ゆっくりと身体を治して下さい」


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