第48話 ネイル-40 『人という種』
「まずは男爵家の有象無象を始末しました。あなたがたも抵抗せず、素直に死を選んでくれると助かります」
岩が入り組んで細い道になった先へ、バドウが姿を見せた。
「なに、選ぶと言ってもその方法は、こちらで用意します。それをただ、受け入れてくれればいい」
彼は一人。先ほどと姿が変わったでなく、余裕の表情でばかげた勧めを提示する。
「あれほど明らかな挑発に、誰が乗るものか。阿呆が」
ドゥアなどは、そうまで言って鼻にもかけない。同じように思う。だがそれでは、いつまで待ってもネイルの順番が回ってこない。
「いや、そうでもねえぜ」
「なに? 貴様、まさか」
「そのまさかだ。お行儀良く待ってたら、本当に食うものがなくなっちまう」
呆れたような息があっただけで、ドゥアは行けとも行くなとも言わなかった。もちろんどう言われても、思い直すつもりはなかったが。
「何でも思い通りになるって面しやがって!」
そこを動くなと言う代わりに吠えて、岩盤を蹴った。予想通り、すぐさまバドウも逃げにかかる。
細くはあるが、痩身の彼には広々とした通路。対してネイルは、左右に身を捩らなければ進めない。
「てめえら、何でこの島に来やがった!」
聞かなくとも、答えは分かっている。破顔の宝珠を探しに来たのだ。クレアの乗る船が流されたのは、ドゥアというイレギュラーがあったからに過ぎない。
「もう察しているのでしょう。この島には、旧帝国の秘宝が眠っているからです!」
「そんな物はなかったぜ!」
「嘘か真か、あなた方を葬ってから調べますとも!」
律儀に答えるのは、着いてこいと誘っているのだろう。このまま行けば、手厚い歓迎が待っているに違いない。
嫌味な海賊の言ったように、阿呆と呼ばれる行為ではあった。しかしネイルは、奴らの歓迎を正面から突破したかった。
あれほどの爆発があったのだ、火薬は残っていまい。するとクレアに危害が加わる罠は、もうほとんどない。
「在り処を知る為にオレを狙ったな!」
「やはり存外に賢い鬼人だ!」
やはり、はこちらのセリフだ。クレアを殺すだけならば、あれほど執拗に仲間を殺していく必要はなかった。それからここまでの道中にも、機会はいくらでもあった。
きっとあの入り江で、ドゥアと話したのを聞いていたのだ。ネイルを孤立させれば、海賊たちを頼るしかないと見越して。
「それで仲間を殺したな。オレの仲間を次々と!」
「そうですとも。しかしそれが何か? あなたも散々、やってきたことだ!」
良かった。これでまた勘違いであったなら、どこに拳を向けて良いか分からなくなるところだった。
「いいや、聞いてみただけさ!」
右に、左に。あらかじめ掘り抜いていたかというほど、岩の壁に挟まれた道は続く。
角を折れるたび、バドウの背中は遠ざかった。人間の中では速いほうだ、こんな場所でなければすぐに追いつけるが。
「今だ!」
かけ声があって、すぐ先の足元から何かが起き上がった。それは前方を塞ぎ、絡め取ろうとする網だ。
「てめえらこんな岩場で、何の魚を獲る気だ!」
僅か頭を低くし、逆に速度を増した。網はすっぽり、足下までかかる。だがここは、脂で滑る泥の沼ではない。気にせず、このまま進めば良いのだ。
網が張って、多少は抵抗を感じた。が、意に解するほどでなかった。構わず走ると、通路の両脇に三人ずつ。合計で六人が端に引き摺られた。
喜び疲れてぐったりとした男たちに構わず、見えないバドウの背中を追う。
今度は頭上から、がらんがらんと重みのある響きが通路にこだました。
切り倒した丸太だ。森からは離れているのに、わざわざ運び上げたらしい。しかもご丁寧に皮まで剥いてある。ご苦労なことだ。
ネイルの腕周りに匹敵する丸太も、所詮はただの自然物。岩をも砕く爪にかかれば、小枝を折るのと何ら違いはない。
おまけに投擲用の武器まで与えてくれた格好だ。ありがたく、クレアとは反対の腕に抱えた。
「――追いかけっこは終わりか?」
道はまだ続いている。けれども人間の身長分ほどの段差があって、追われるバドウは登る間がなかった。
網と丸太で仕留められなくとも、多少の時間は稼げると踏んだのか。
「鬼人という種を、甘く見ていたかもしれませんね」
壁に行き詰まって、バドウは息を荒く振り返る。まだ見下した笑みは張り付いたまま。
――違え、これも罠だ。
きっと後ろ。見上げると、岩壁の上に人影が見えた。手に何か抱えている。何者か、何をするのか、確かめることなく丸太を投げる。
狙いもおおよそだったのだが、相手の顔面にそれは刺さる。大蛙に似た声が漏れて、その手から持ち物が落ちた。
びじゃ。と、粘り気のある音。袋から破れて漏れた液体は、おそらく脂だ。クレアとネイルとを同時に攻めるなら、残るはこれしかないと警戒していた。
「ちいっ……」
悔しそうな舌打ち。バドウはこちらを睨みつけ、役に立たない奴と死んだ男を罵る。
「オレたちは、獣も人間も狩るさ。そうしなけりゃ、腹が減っちまうからな」
「そうです。同じことでしょう」
「違えな。一人なら一人分。二人なら二人分。腹が膨れるだけしか、オレたちは狩らねえ」
人間は違う。より多くの富を手の内に集め、その多寡で地位を作る。しかも多く集めた者が強いわけでもない。
「てめえら人間は、どれだけあっても満足しねえ。そうやって狩り続けて、地の果てまで行った次はどうする気だ」
「さて――そんな場所まで選択を誤らずあったなら、次も見えている筈です。どうしてもないと言うなら、天を落とすか地を穿つかですよ」
その言い草が、この島を荒らしたのだ。ネイルの守るべき、仲間を奪ったのだ。
たしかに知恵はあるが、その為に己も他も食い尽くす害虫。人間という種は、多くがそんな存在なのだ。
「オレは虫は食わねえ」
「は……?」
「狩るのは食う為だけじゃなかったって話だ。ハエや蚊は鬱陶しいからな」
胸をひと突きにしてくれよう。こんな男の断末魔など、クレアには聞かせられない。
踏み込んだネイルの足が、沈む。
「なにぃ!?」
地面と思ったのは、樹木の皮。その上に砂を撒いて擬態してあったのだ。
「ぐぅ……あああぁぁぁ!」
落とし穴に嵌まったネイルは、絶叫を上げた。激痛が腰から下を焼く。
これは酸だ。土に酸を混ぜて、泥の沼に仕立ててある。こんな場所でうっかり倒れては、か弱いクレアなどひとたまりもない。
両手を上に、彼女を酸から遠ざけた。
「さて。万事休す、ですね」
嘲笑を混じえ、バドウが近付いてくる。無防備なネイルとクレアを見下ろして。
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