第47話 ネイル-39 『報復のとき』

 爆発による突風が、一陣。離れていても、あわや火傷というほどに熱い。しかしすぐに収まり、夜空の艶が深い色とは異なる黒がもうもうと立ち昇った。

 どこへ潜んでいたものか、爆発に驚いた獣たちが四方八方へ。多くは鹿や牛の仲間だろう。蹄の音が幾重にもかさなる。

 先の小竜たちが起こした地響きとは、重量感が違う。それでも、恐怖に唄い錯乱に踊る。哀しき宴は、目にも耳にも激しく賑やかだ。

 ただその中に、人の声は含まれない。バドウを追っていたシリアスの部下たちは、二十人以上も居た筈だが。


「あれほどの火薬を用意していたのか」

「火薬――ああ、そうだな」


 きっとどこかに仕掛けを用意し、誘い込んだのだ。一網打尽にした火薬をどこから運んだのか、ネイルには察しがついた。

 ――海にでも流しちまえば良かったぜ。


「しかし、それはそれとして――」


 ドゥアはそこで言葉を切り、鋭い目でぐるり見回す。

 意味するところは、ネイルにも何となく分かる。だが、何となくだ。がどこか、大まかにしか分からない。

 何しろ足音をさせないのだ。まさか地面に触れず歩いているのかと、疑ってしまうほど。

 ただしその事実が、ネイルの戦うべき相手だとこの上なく示す。


「間違いねえ。オレの獲物は、こいつらだ」

「承知。貴様は好きなようにやれ、背中を気にすることはない」

「そうさせてもらう」


 クレアには、すまない。けれども奴らだけは、彼女の同族とも思いたくなかった。望んで人間を殺すのは、これが最後。

 ――だから見逃してくれ。

 懺悔に類するであろう呟きは、声に出さなかった。だのにクレアは、ネイルと目を合わせて頷く。


「ネイル、わたしはお手伝いできません。そんなわたしに、遠慮も要りません。あなたが怒るのは当然ですから、存分に晴らしてください」


 魔法でも使えるのか。この相手が他の誰かなら、薄気味悪いほどに気持ちを知られている。

 しかしクレアならば、震えて笑うほどの歓喜となるのはどうしてだろう。


「ふふっ。ふははっ。あはははは!」


 自分でも、妙な気持ちだった。おかしくもないのに、笑えてしまう。だというのに、頰は露に濡れる。

 胸にはホルトやログ、小鬼に猪人、蜥蜴人の顔が次々に浮かぶ。彼らが外に出せと言った気がして、大きく口を開いた。そっとクレアの耳を塞いで。


「薄汚え人間ども! てめえらだけは、生かして帰さねえ! 鬼人の仲間に手を出せばどうなるか、身体に直接教えてやる!」


 その叫びはネイル自身の耳にも、ぎぃんと響く。冷静なドゥアさえも、思わず顔をしかめて耳を押さえる。

 これならば天の雲さえも恐れをなして、退けられるに違いない。そう思えるほど巨大な咆哮だった。


「私の部下には……」


 蒼白で、柄の位置もうまく探れないほど震える腕。シリアスはどうにか剣を抜く構えを見せて凄む。


「うるせえ、お前らのことじゃねえ。邪魔だけはするんじゃねえぞ」


 睨みつけたというのに、彼はほっと息を吐いてまた倒れた。おかげで傷口からまた多くの血がにじむ。

 ――憎めねえ馬鹿だ。


「来るぞ」


 ネイルたちは柄杓ひしゃくの縁にも似た、急な斜面の上に立つ。回りは起伏というよりも、棘と呼ぶのが相応しい凹凸に囲まれる。高低差もこぶから丘、隙間から谷までさまざま。奴らなら、どこからでも現れるだろう。


「上だ!」


 ドゥアの仲間が叫ぶ。同時に丘の上から、小石がぱらぱらと落ちてくる。それはつまり、大きな物を落とそうとする前触れ。

 見えたのは岩だ。人間が二人分ほどの岩が、無骨な角をぶつけて削りつつ落ちてくる。一つでなく、十数個もまとめて。


「岩山から岩を落とすたあ、ひねりがねえな!」


 クレアを左の肩に。その上を、左手と腕で覆う。この程度、腕が一本あればどうとでもなる。

 次第に速度を増した岩が、我先と争うように転がった。背後は急斜面で、慌てて動けば海賊たちには危険だ。

 ネイルは先頭に立って、岩の軌道を変える。殴りつければ、それで壊れる岩もあった。

 何の被害もなく、ひねりがなければ面白味もない。揶揄しようとすると、丘の上に松明が見えた。それは岩場に放られ、そこから幾条も炎が走る。

 落とされた岩に、油入りの容器が取り付けられていた。それで転がった道すじに、中身が撒かれたのだ。

 辺りに獣脂の臭いと、それが焼ける独特の香りを放つ煙が立ち込める。


「こんな火で、どうしようってんだ!」


 炎があるからと、獣のように怯える者はここに居ない。威嚇や目くらましでもあるまいし、意図が読めなかった。


「弓が来るぞ」


 ドゥアが言って、それが合図のごとく矢が飛んだ。柄杓の縁の、反対から。

 ネイルにはそもそも矢が通じない。万が一にもクレアに当たらぬよう、するだけだ。海賊たちも各々が、岩を盾に身を守る。頭領が言う前に、彼らも察していたらしい。


「なるほど、こういう手合いか」


 静かに「行け」と。ドゥアは仲間を二人ずつ、二方向に走らせた。丘の上と、矢の放たれた方向へ。


「背中を任せろとは言ったが。貴様がもたもたするようなら、すべて俺たちが喰らってしまうぞ」

「やかましい」


 あちらの策を読むドゥアたちは、頼もしくも思う。正面からの殴り合いでなければ、ネイルは力を発揮できない。

 ただそれは別にしても、これだけでは済むまい。ねばつくような脂の臭いに、思わず鼻を拭った。

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