第41話 ネイル-34 『測れぬ意図』

 猪人のログが消え、子どもがさらわれ、蜥蜴人たちも帰ってこなかった。棲み処が壊滅するまでのあれこれを、ざっと話す。

 敵は何者かと、ドゥアが問うたのだ。聞いた彼は、「ふん?」と疑問を顔に浮かべる。


「あれが、お嬢さんの父親が出した刺客か。どうも疑わしい」

「オレの知ったことか。奴らがクレアにそう言ったんだ」

「そうか。まあ出自はどうでもいいが、問題は奴らの目的だ。殺すつもりならば、追いかけても意味はない。そうするだけの時間は、もうたっぷり与えてしまった」


 言われずとも分かっている。それでも敵を追わずにはいられない。クレアがもう亡かったとして、その後はどうでも良いのだ。

 一度ならず、ネイルの大切なものを奪ったのだ。その礼だけは、せずにおれない。


「拗ねるな。疑わしいと言ったのは、そこのところだ。おそらく奴らに、お嬢さんを殺す意図はない」

「――なに?」


 ひとつ返事をしなかっただけで、拗ねたとは心外だ。けれども続いた言葉が、そんなことをどうでもよくさせる。


「あの岩場に重い砲を持ち込み、必中の機会を窺っていた。きっと俺たちが通路に入ったのを見て、出てくるのを待っていたのだろう」

「一日ずっとか。ご苦労なこった」

「そこまで周到に計画した者の使った砲弾が、球弾きゅうだんだ」


 決定的な事実、なのだろう。ドゥアはその部分で、声の重みを増した。しかし大砲の知識などないネイルには、さっぱりだ。


「分からねえな。それがどうした」

「砲弾には二種類ある。その重量で船底に穴を空ける球弾と、破裂して広範囲に被害を与える炸裂弾さくれつだんだ。人を殺す目的なら、どんな阿呆でも後者を使う」


 球弾は大きなひと塊が、直接に当たらなければ意味がない。炸裂弾は複数に分かれた弾の一つでも当たれば、人間には致命傷になる。

 そこまで補足されて、言いたいことは分かった。

 だがクレアがネイルと行動を共にしているなど、予想外だったに違いない。だから大砲の予定もなかったのを、間に合わせで使ったとも考えられる。

 もちろんクレアを殺すつもりのないほうがありがたい。しかし限られた状況から、楽観的な予想を立てても気休めにさえならない。

 厳格に見えるドゥアが、なにを寝呆けているのか。むしろそういう疑いが、ネイルには問題だ。


「奴らがどういうつもりか、それを知って何か得があるのか。クレアが生きてりゃ、礼に踏み潰してやる。そうでなけりゃ、念入りに磨り潰す。オレには、その違いしかねえ」

「好きにするがいい。言いたいのは、奴らが用意周到ということだ。俺なら足止めの策を考える」


 あちらは大陸の人間。昼間に行動するのが普通で、夜に動くなら明かりを必要とする。

 こちらは魔物と海賊。魔の島の住人だ。ネイルは当然として、ドゥアたちも星明かりで行動できる。

 ただ追いかけっこをするにしても、進行速度はこちらが格段に速い。その上あちらは、怪我人の治療もそこそこに移動を続けている。

 途切れずに続く岩場に落ちた血痕を指して、ドゥアはそう話した。


「足止め? こんなところで何ができるってんだ」


 複数の岩山が入り組んだ岩場。うねる岩盤や、切り立った崖。足元へ突然に口を開く割れ目や、視界を塞ぐ巨岩。

 どこを見渡しても、岩しかないのだ。ここが奴らの元々住む場所ならばともかく、今日や昨日に訪れたばかり。

 やるとすれば、伏兵くらいしかない。しかしそんなことをするよりも、さっさと逃げたほうがいいに決まっている。


「それが分からん――俺たちの使った罠を、そのまま利用すると思ったのだがな」


 ドゥアの仲間たちは、交代で先行したり戻ってきたりしている。斥候なのだろう。

 全力で走れないネイルに合わせ、速足はやあしの速度で移動できるのは、そのおかげということだ。

 彼らが往路で用いた罠の数々。それはそこにあった。が、元のままでない。ロープ代わりに森から採ってきたらしい長い蔓が、持ち去られている。


「また足絡め罠スネアでも使う気か?」


 それは子ども騙しに過ぎる。さりとて力で圧倒するのが本領のネイルには、それ以上が思いつかない。

 だからと脚を緩める気にはなれなかった。ドゥアも警戒は任せろと言った。いつでも全力で殴り殺せるよう、力を拳に蓄えるしか考えず進む。

 やがて、行き止まりに辿り着いた。高い崖に囲まれて、来た道を戻るしかない。事前に斥候がそうと知らせたが、手がかりもなしではどこで誤ったかも分からなかった。


「血痕はここまでだ」

「手がかりなんぞ、ねえ。分かるのは、ここに誰も居ねえってことだけだ」

「たしかに……」


 行き止まりに誘い込んでも、それ以上の何が起こるでない。やはり時間稼ぎだと判断し、別の道を探そうとなった。

 戻りかけた矢先、地響きが遠くから聞こえ始める。地震にしては様子が違う。崖崩れという風でもない。

 誰もが立ち止まって周囲を見回す中、ドゥアが気付いた。


「なるほど、やはり利用されたか」

「何だ、もったいぶるんじゃねえ」

「小竜だ。ここに来るぞ」


 池に封じた小竜の大群。あれが一斉に襲ってくれば、ネイルとてひとたまりもない。

 一行は戻りかけた脚をさらに返し、行き止まりに待ち構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る