第34話 ネイル-28 『夢朽ちし処』

 いまここを歩く中に、魔物は自分ひとり。この道も、人間の造った物だろう。大地人ドワーフの手には見えない。

 ――因果なもんだ。


「三、四百年ほども前。大陸の半分を制圧する帝国が存在した。その国を興したのは、ある島を拠点に暴れる海賊だったそうだ」

「へえ、お前の親父か」

「まさか。俺の親は、国を追われた無能な男だ。悪人ではあったわけだが」


 壁や天井を見回していたのを、勘違いしたらしい。ドゥアは唐突に、そんなことを話し始めた。

 ある島とは、このサッドだと。


「今とは比べ物にならんほど、魔術の研究が盛んだった。死者を蘇らせる杖とか、あらゆる知識を与える帽子なんてものまであったらしい」

「そいつはすげえ。大好きな神さまにでもなれそうだな」


 神は存在する。魔物のネイルも、それは疑わない。人間と違うのは、神を崇めるのを馬鹿馬鹿しいと考える。

 仮にこの身体が粘土を捏ねて作った物であっても、現にそれを動かしているのは自分なのだ。下僕しもべのように神の機嫌を窺うなど願い下げだった。


「あながちそれが、冗談にならん。究極の目標は、人を古代竜に変えることだった」

「そりゃあ……」


 火に触れれば燃える。喩えばそんな当たり前が、なぜ当たり前か。神がそのように世界を創ったからだ。

 しかしそれが通用しない生物が、一種だけ居る。古代竜は、神が世界を創る前から存在した。だから神の約束ごとに縛られない。


「まあ失敗したらしいが」

「だろうな。でなけりゃその帝国が、今も続いてる筈だ」


 そういうことだ、とドゥアは鼻で笑い「ここまでは前置きだが」とも言った。

 そう言われれば、続きは聞かなくとも想像がつく。大陸制覇どころか、世界を滅ぼすことさえ可能な研究を行う危険な施設。

 そんな物を安易な場所に置きはしない。巨大な帝国の始まりの場所ならば、攻める国からすると最も遠い場所となる。


「ここがそうか」

「いかにも。この通路を数多の術具が運ばれ、帝国の覇業に使われた。すると余り物の一つや二つ、残されているとは思わんか」


 あるだろうと思う。ただしそれとは比にならぬ数の、失敗作も。

 話すうち、天井のより高くなった部屋に着いた。奥には二枚開きの扉がある。推測が正しいのかは、その向こうに行けば分かるのだろう。


「随分と荒れてるじゃねえか」


 ここまでも誰かが掃除をしていたわけでない。吹き込んだ葉や砂なども、いくらかあった。

 けれどもこの部屋が汚れているのは、趣きが違う。木の枝や蔓などが何ヶ所かに纏められ、鳥の巣のようにも見える。


「あの竜どもが、ここを巣にしていたのだ。誘い出すのに苦労した。奴ら、すぐに仲間を呼ぶのだ」


 それで誘い込みの罠を駆使した挙句、一網打尽に捕えたということか。ここに居た数匹を倒せば終わりと思ったのが、連れ出すとすぐに数を増したのだろう。


「ついでに言えば、それが貴様に手伝いを頼んだ理由でもある」

「どういうこった。それならもう用済みってことじゃねえか」

「いや、これからだ」


 扉は頑丈そうな木製で、鉄枠まで施してある。表面は風化しかけているが、ドゥアがひとつ殴った音を聞くに、相当な分厚さを持つ。


「野郎ども、準備しろ」

「おい、どういうことだ」


 普段は海賊らしく、湾刀を使うドゥアの仲間たち。変わらず腰に提げてはあるものの、言われて構えたのは大振りな手斧だ。

 まさかそんな物で、扉を破ろうというのではあるまい。


「不思議に思わんか。古代竜から、他の大型竜。その幼生に、小型竜。普通はそれぞれ単独か、同じ種で集まるものだ」

「――まあ、たしかに」

「ここは竜に変化する技を成し遂げようとした場所。ならば完成形を見る行為が必要だったろう」


 この辺りは古代竜を中心に、多くの竜種が集まる場所。竜の城と呼ばれる所以を思い起こし、戦いの匂いに胸が熱くざわめく。

 渾身の力をこめて、ドゥアは扉を押し始めた。だがびくともしない。ネイルもその隣に両手を添え、力を貸す。

 クレアは落ちないように言って、肩へ乗せた。


「どうも嫌な予感がするんだが、扉の向こうに竜の群れが居るなんてこたあねえだろうな」

「まさに然り。それをどうにかするのが、貴様の仕事だ」


 簡単に言ってくれる。

 先に見た小型竜は、そも古代竜とは種族が違う。あれで成体だ。だがそれでも二、三匹が一度にかかられては敵わない。

 ネイルの力をして、扉は重い。材質とは関係なく、長年に積もった塵が動きを阻害しているせいで。

 けれどもゆっくり、確実に扉は開いていく。我慢していた息を吸うように、生じた隙間から風が中へと、細く強く吹く。


「もう少しだ――!」


 人が通れるだけが開き、ネイルも通れるようになった。それでも飛び出て来る者はない。どうやら杞憂かと、やや残念な思いもありつつ緊張が解ける。


「アニキ。こいつはひでえもんだ……」


 斥候なのだろう。ドゥアの仲間が三人で、先に中へ入った。息を呑む音まで聞こえそうな、彼らの驚きが声を震わせた。


「おやおや。二百年も気が早けりゃ、食われちまうところだったな」

「無駄に命を散らせたものだ」


 扉の向こうは、大きな部屋が奥へ続いていた。太い柱が等間隔にある以外、設置物はなく。まだこれも通路なのかもしれない。

 その床に、小型竜が倒れている。扉のすぐ向こうに四匹。それから奥へ一、二匹ずつがあちらこちらへ。

 餌を与える人間が居なくなり、飢えて死んだのだ。ドゥアの予想は当たっていた。

 しかし何か、腑に落ちない感覚がある。

 ――予想ねえ。

 順に話を聞けば納得しそうだが、彼はどうしてここが竜に関連した研究の場所と知ったのだ。

 それにそもそも、どうしてここに宝珠があると言い出したのだ。

 躊躇などはどこかへ置き忘れたように進むドゥアを眺め、クレアをまたしっかりと腕に抱いた。

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