第33話 ネイル-27 『宿敵の交渉』
そのもの刃のような、ドゥアの視線。ネイルの背後。周囲の岩場を、油断なく切り取っていく。
最後に貫いたのは、腕に抱えたクレア。それでも二拍程度だが、最も注視する間が長かった。
「相棒を捨てて、人間の娘と情に走ったか」
「ああん? 何を言ってんだか分かんねえ。こいつはオレに残った、最後の仲間だ」
大陸共通語の筈だが、ドゥアの話にはときに意味の分からない単語や言い回しがある。しかしネイルも、さほど堪能でない。気性もあって、知らぬことを気に留めなかった。
クレアもドゥアに顔を向けている。ことさら隠すつもりもない。彼を信用しているから、ではなく。一足で踏み込むには、遠いからだ。
「人間の娘が?」
信じ難い気持ちを示すように、ドゥアは眉の片方だけを上げる。それでも否定しないでいると、今度は天を見上げた。
「何だ」
「いや。一仕事を終えて、槍でも降られては堪らんと思ってな」
夜空の観測を終え、細い顔がまたこちらを向く。その口に、何やら含む物がある。プッと吹き付けるのと、ネイルがクレアの前に手を庇ったのはほぼ同時。
カツッ。と意外に小気味のいい音をさせて、飛来したそれは手の甲に弾いて落ちた。どうやら金属の鋲らしい。
「何の真似だ」
鋲を拾い、臭いを嗅ぐ。毒の気配はない。ならば本気ではなかったのだろう。
この程度、ネイルを傷付けられはしない。ただクレアであれば、いくらかの傷を負ったに違いない。
怒りが湧きかけて、まあ待てと自分を落ち着かせる。これまで、戦う以外の交流はなかったのだ。頼みごとを話すのにも、すんなり行くほうがおかしい。
「はっ。何か知らんが、よほどきつい仕打ちを受けたらしいな」
「うるせえ」
「その娘を抱えたままでは危険だと、教えてやっただけだ」
にやり、ドゥアは笑う。
あからさまな挑発。ネイルが騙しうちでもしようとしているなら、きっと尻尾を出させようというのだ。
「うるせえってんだよ。手が届かなきゃ、守れねえだろうが。知らねえとこで死なれちゃ、オレにはどうも出来ねえ」
「……そうか」
厳しい視線が、やや伏せられる。構えたままだった湾刀も、下ろされた。
ドゥアはそれを逆手に持ち替え、握った柄を額に付ける。ネイルを前に、目を閉じもした。そのままじっと、祈るようにぶつぶつと口を動かす。
「わけの分かんねえことばかりしてんじゃねえ」
「ふっ。ちょっとした
湾刀が鞘に収まる。未だ僅かな動きにも応じる緊張は残ったが、ようやく話をする気になったようだ。
「企んでやしねえ。オレはお前の探し物を手伝ってやる。その代わりに頼みてえだけだ」
「――それを企みと言うのだ。で、頼みとは?」
「仲間の仇を取りてえ。この島に上がり込んだ人間どもを潰す」
胸に添えられたクレアの手が、そわそわと動く。何か頼み方がまずかったのか、見えない目がドゥアとネイルとを二度往復した。
即答しなかった海賊の頭領は、伸びてまとまりのない髪に手櫛を通す。「それだけか」と。
「仲間が皆殺しにされ、貴様も一人ではどうにもならん。そう判じた相手と戦えと言うのか」
言われてみればそうだ。竜の城での捜索は、あくまで探し物。危険が過ぎると思えば、中止することが出来る。
対してこちらの要求は、戦闘そのもの。ひと度向かい合えば、やはりやめたとは通用しない。
――釣り合わねえか。
頼む側の弱みは、鬼人のネイルにも無縁でない。
「そうだ、もし――」
「良かろう。請け負った」
足らぬと言うなら、条件を追加しても良い。そう言おうとしたのを遮って、ドゥアは快諾を告げた。
「いいのか?」
「何だ。せんでいいなら、喜んでやめるが」
「いや、それは困る」
「ならば受け取っておけ」
ありがてえ。ネイルが礼を言うと、ドゥアはすぐに背を向けて歩き始める。「行くぞ」とだけ肩越しに投げつけて。
「どこへ行く」
「知れたこと。破顔の宝珠を探しにだ」
池に閉じ込めた小型の竜種はそのまま、ドゥアはネイルの来た方向を少し戻る。その間に彼の仲間たちも、数名ずつがどこからとなく現れて続く。
ある場所から向きを変え、岩場を奥へと進んだ。だが歩きやすい通路状の道は避け、あえて道なき道を選んでいるように思える。
岩山は木々などの障害物がなく、見通しが良いものだと思っていた。だが歩いてみると起伏が激しく、縦横に裂け目も多い。
迷路のように入り組むそれらを、ドゥアは迷いなく躱し、折れる。
「知った道か」
「貴様がもたもたしている間に、調べたのだ。あの竜どもをいなしながらな」
「そいつはご苦労」
黙々と、随分な距離を歩いた。その道々にも、見たような罠が多く仕掛けられている。あの小型竜にどれほど手を焼いたか、窺い知れる。
やがて辿り着いた岩穴の前。「ここだ」と告げて、ドゥアは立ち止まらず入っていく。星明りのある屋外ならともかく、穴の中で人間は不自由する筈だが。
その疑問はすぐに解けることとなった。
ネイルもどうにか通れる岩穴の中は
不可思議なのは、その松明だ。先頭のドゥアが差し掛かると、独りでに炎が灯る。
どこまで続くのか、まっすぐに伸びる地下道を、一行は進む。
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