第24話 ネイル-20 『捜索の開始』

「荷物はオレが持つ」

「駄目だ。その女にも持たせなきゃぁ」


 ずっと持とうというのでない。クレアも荷物もとりあえず全てをネイルが持ち、余裕ができてから整えれば良いのだ。

 それをホルトは止めた。もうネイルが指にひっかけていた背負い袋を掴んで。

 背負う動作も健常な者ならば、一瞬と呼んで差し支えない。しかしクレアがやると、数倍と言ってまだ足りぬ時間がかかる。

 何を意固地になっているのか。と思うが、もうホルトは背負い袋をクレアの背に当てていた。

 押し問答をするよりも、任せたほうが早かろう。


「待て、動くな。方向を見極めてからだ」


 集団は着実に近付いている。今から慌てて動くよりも、あちらの行きたい方角を知ってからのほうがいい。

 それだけ彼らの動きは素早かった。森を歩くのに、かなり慣れた者たちだ。数はきっと、十人に満たない。

 やはりそういうことか。とバドウの気配をあらためて見たが、同調する様子はなかった。

 ――あの野郎以外に、人間がうろついてるだと?

 奥地へ向かう交通の監視など、誰もしてはいない。だからあり得ないとまでは言わないが、ではどこの人間かとなる。

 町に住む人間で、その周囲に縄張りを持つ魔物たちの目を掻い潜り、ここまでやって来る。そんな強者の話は聞いたこともない。

 ――いや、例外が居るか。

 集団は、こちらへまっすぐやってくる。それが分かるころには、足音がはっきり聞き取れた。

 足裏を故意に地面へ擦らせるような運び。夜に船を走らせる、海賊独特の歩き方だ。


「はて、こんなところで会うとは。優雅に食事の途中か」

「見ての通りだ、ドゥア。水の上じゃなく、水辺の散歩とは呑気だな」


 相手が人間である為に、焚き火はわざと消さずにいた。その周りには、まだ焼けていない魚がある。

 ホルトはどの方向にもすぐに槍を向けられるよう、先を下に向けて構えていた。自然体で立つネイルの足下には、きょろきょろと左右に首を向けるクレアがへたり込んだ。

 どう見ても、食事を中断して警戒の態勢にある。しかし互いにそれを言わないのは、無頼漢の洒落た会話――ではない。

 これは偶然の遭遇で、戦う意志はないと示したのだ。荒くればかりのこの島で、それをそのまま口にしては思わぬところから侮りを受ける。


「まあしかし、川を辿れば貴様らが居るのではと思っていた」

「あん? オレが弱ってるとでも思ったか。残念ながら、まだまだ胃袋には余裕があるぜ」

「そうか。殺しても死なんとは、貴様のことだな」


 翻訳をすれば、捜していたのは違いない。つまり彼らは、こちらが壊滅して移動したのを知っている。

 だからと戦う気力を失ってはいない。そう言ってのけるネイルに、ある意味安心した。と、ドゥアは言った。

 最後の言葉などは、彼なりの気遣いと言って良いのだろう。


「わざわざ追いかけてくるたあ、何の用だ。とは、聞かなくてもいいらしいな」

「そうだ。気が変わったのなら、手伝いを先に行かせるわけにもいかん」


 破顔の宝珠という名の宝物が、竜の城にある。その件以外に、用事は思い当たらなかった。


「オレたちは昼寝しながら腹の膨れる場所を探してるだけだ。破顔の宝珠なんて、わけの分からねえ物には興味ねえよ」

「破顔の宝珠――?」


 小さく呟いたのは、クレア。はっと表情を変えるでないその声は、薪の爆ぜる音にも負けそうだった。


「お前たちを襲ったのは、人間だな? それがなぜか、心当たりがあるだろう」


 聞こえてはいない筈だ。が、ドゥアは視線だけをクレアに向ける。それをすっと、あからさまに身体で遮った。


「あったとして、その宝珠には関係ねえだろ。心配しねえでも古代竜を伸してとってきた日には、オレもお前の命令を聞いてやるさ。宝珠なしでな」


 あり得ない危機を案じても意味はない。最初にこの話を持ちかけられたときも、同じように言った。

 それは事実で、ドゥアの認識にも変更はないらしい。返答の駄賃に舌打ちがあって、不満げに頷く。


「俺も自惚れ屋だが、そこまでではない。まあこれから行って、確かめてみる。それでとうにも貴様の手が必要ならば、次は泣いても喚いても連れていく」

「そいつあ楽しみだ」


 ネイルもドゥアも。互いの連れも、最後まで武器を向けなかった。どちらかに損害があったとすれば、生焼けの魚が持ち去られたことくらいだ。

 もちろんそれくらいのこと、面子を気にしてさえどうでも良いが。


「……女。破顔の宝珠ってのを、知ってんのか」

「知っているとまででは。話に聞いたことがあるだけです」


 ドゥアたちが十分に離れてから、問うた。バドウの気配が動いていないのも確かめて。


「話せ」

「元は、想像で書かれた物語です。かつて大陸の中央を支配した帝王は、敵の重要な人物をことごとく配下にしたと」

「敵の? 戦って負けた相手が全員、そいつの言うことを聞いたってのか」


 クレアは真顔で。即ちいつも通り、構えもなく首肯する。


「主君を殺された騎士も、子を殺された親も。笑えと言われれば、血の涙を流しながら笑ったと」

「へえ……元は、ってのはどういうこった」


 人間の主従関係やら、親子の感情やらは知らない。

 けれどもホルトを殺されたようなものだとしたら。笑うなどはもってのほか、偽りで従うこともネイルには我慢ならない。


「それらしい本物が、どこかの国で見つかったとか」

「確かか」

「出入りの商人同士が話していたことです。それも噂に過ぎないと言われれば、他にありません」

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