第18話 ネイル-15 『新たな地へ』

 ネイルとホルトを含め、生き残った仲間は十七人と、子どもたちが五人。少し前の人数からすれば、三分の一以下に減った。

 目先の敵を倒したとはいえ、集落に居た連中は無傷だ。そのまま棲み処に留まっては、危険と思える。

 出口の複数ある別の洞窟へ移り、まずは休息を得ることとした。


「みなさん、申しわけありません。今回のこと、全てわたしのせいなのです」


 痛みに漏れる声のほか、誰も無言だった。ネイルは素より慰めなど言わないし、ホルトも何やら考え込んでいる様子だ。

 そんな時間がしばらく。クレアが唐突に話し出す。


「わたしの結婚――つがいになるという話が、そもそも嘘だったようです。何か使いみちがあるだろうと生かしていたが見限った。そう聞きました。わたしはこの島へ流されたのです」


 どうやらネイルが聞く前に、そんな会話があったらしい。

 じき二十歳になる娘が、家に留まる。視覚のことがなくとも、貴族には恥なのだとクレアは言った。だから島流しそのものは仕方ない、と。

 ただその船が海賊に襲われて、クレアの生死は不明となった。諸々の出来事は、彼女にとどめを刺す為。ネイルと仲間たちは、巻き添えを食った格好になる。


「わたしのせいで、本当に……本当に、本当に、すみません」


 クレアは両手を胸にして言った。先の毅然とした態度が幻のように、こみ上げるものを堪えつつ。

 それでもやはり、彼女の顔には喜怒哀楽がない。嗚咽で息が詰まり、苦痛は見えるけれど。

 魔物にも感情はある。良心や悪意も。変化する基準が、人間と違うだけだ。

 邪心の塊のような小鬼でも、自分が悪いと思えばしおらしい態度を見せる。それに依れば、クレアの言葉は謝罪と受け取られないかもしれない。

 また別に、話の半分も意味が分からなかった。人間特有の事情なのだろうが、きっと仲間たちも同じだ。

 間違いなく理解できたのは、クレアは元居た場所を追い出され、その追っ手が仲間を殺したこと。

 当然、なのだろう。話すのに支障ない者は、彼女を責めた。威嚇の声であったり、はっきり「お前のせいだ」と詰る。

 ただしクレアの庇った女たちだけは、気まずそうに口を噤んだ。


「ホルト。どうすりゃいいと思うよ」


 聞いたのは、仲間たちの怒りを鎮める方法ではない。この中途半端に多い人数を、どこに置くかだ。

 近隣では、強力な集団と見られていた。ネイル個人の戦闘力だけでなく、圧倒的な数によって。

 これが一気に減ってしまい、半数は重傷を負っている。警戒すべき相手は今日の敵のみならず、これまで弱小と見ていた者たちまでも含まれた。


「あぁ……」


 頭を抱えていたホルトはぼんやりとした声を返し、顔を上げた。それで答えるでなく、ひとり一人の顔を眺めていく。

 猪人は猪人たちで。小鬼は小鬼たちで。身を寄せ合うように集まっている。

 そうまでせねばならぬほど、洞窟は狭くない。現に互いの間には、五、六歩ほども距離がある。

 最後にクレア。いや、ネイル。そこでまた目を伏せ、大きく、大きくため息を吐く。


「俺たちが生きるのに、仲間は必要だった。そうしなけりゃ、生き残れねぇから。ネイル、それはお前が言う通り。俺も同じだった」

「ああ……?」


 何を言い出したのか、咄嗟には分からなかった。聞き返そうとして、いつものあれかと気付く。

 しかし今なのか。そこはまだ判明しない。


「俺も駄目だとは言わなかった。すぐに始末しろとは言わなかった。だからお前のせいとは言わねぇよ」


 ――なるほど、お前もか。

 ここまで言われれば、先は何となく分かった。だが答えは用意できない。それはネイル自身、己に問うている。

 今だけでなく、最近ずっとだ。なのに分からないのだから。


「自分の命が大事って言うお前が、棲み処を守る為に一人で戻ったのは嬉しぃぜ。でも俺は聞きてぇんだ。それは仲間の為か?」


 棲み処に入った敵がたった七人で、実力もネイルの脅威でなかったのは結果論だ。集落であったように、戻ってくることを想定して備えられたら危なかったかもしれない。


「それとも、この女の為か?」


 悲しげな目だ。そうだとも、そうでないとも返せないのが悪いと思う。

 集落からどう走ったかもおぼろげな道中、誰の為とも考えてはいなかった。とにかく急がなければと、焦る気持ちだけが未だ残る。どちらかと聞かれては、声が出ない。


「……そうか」


 声を落として、ホルトは仲間たちに視線を送る。


「悪ぃな。ネイルと俺とじゃ、お前らを纏めてやれねぇ。どこかに隠れてくれ」


 下手に目立つよりは、少数でひっそりと暮らすほうが生き残れる可能性は高い。中心に居たネイルに纏める意志がないと言われれば、選択肢は他になかった。

 先に猪人たちが立ち上がり、洞窟の出口でおよそ半分ずつ。左右に分かれて、いずこへともなく去った。

 小鬼たちは特有の言葉でぎゃあぎゃあと喚き合い、急に洞窟の奥へ走っていった。彼らの声が反響でも聞こえなくなると、世界から音が消滅したように静まる。


「お前はどうするんだ」

「俺か」


 ネイルの一味は崩壊した。跡形もなく。原因となったのはネイルだ。仲間を大切にしろと、散々言われたのに。

 そのホルトが残ってくれるなど、ない話だと覚悟を決める。


「もう一つだけ、言いてぇことがある」

「ああ」

「ログは、お前に認めてもらいたかったんだ。文句も言ってたけどなぁ」

「ああ……」


 そんなことを今さら。ホルトにしてみれば、それが苦情の代わりなのか。これを最後に、言いたいことを言っているのだろう。

 証拠に、「じゃあ」と立ち上がった。

 次に来るのは、別離の言葉だ。そこに居るのが当たり前だった唯一無二の男が、死んだわけでもなく去ってしまう。

 ――腹、減ったな……。


「これで話は終わりだ。どこへ行く?」

「――いや、どこへってお前」

「あそこには戻れねぇからな。新しい棲み処を見つけなきゃな」


 何か風向きが違う。どうやらホルトは、立ち去る気はないらしい。これからもネイルと共に行く。そう言っているらしい。


「お前もどこかへ消えちまうのかと思った」

「えぇ? お前が聞いたんじゃねぇか。どうすりゃいいかって」


 そうか。纏めていたのはやはり、この男なのだ。ネイルはあらためて思う。

 自分はホルトの言うままを、やってきただけだ。それはこれからも同じで、逆らうことは不可能だ。


「ああそうだった。忘れてた」


 咽たような笑いが、喉の奥から湧いてくる。何だか疲れも増した気がして、ネイルは仰向けに転がった。

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