第14話 ネイル-11 『破滅への道』
リーズたちが出ていって三日。明らかな嫌がらせが続けられた。一日目の夕刻には猪人の死体が、棲み処の出入り口の脇へ。二日目には小鬼たちが数人まとめて。
何れも捜索や獣を狩る途中で姿が見えなくなり、その後のことだ。
二日続いたのだから、当然にその周囲を警戒させた。すると今度は、最初に子どもたちの死体が見つかった海辺へ。
こちらとまともにやり合う気はないと、嘲笑うようなやり口だった。
「やりやがったな」
「あぁ……完全に俺たちを狙ってやがるなぁ」
海辺で見つかったのは、リーズと共に行った蜥蜴人の一人。
彼らは捜索や狩りをしていたのでない。特定の敵を探し求め、その相手にやられたのだ。油断などしていなかっただろう。
それをこの死体は、一撃で喉を大きく切られていた。
ネイルと言えど、彼ら六人が一度に相手では持て余す。それを人間が返り討ちにするとは、どんな相手か。
「手練れが居るなぁ。少なくともドゥアくらいの」
棲み処の周りに、人間の臭いが強くなっている。ただその辺りを通ったとか、一人や二人が潜んでいるという濃度でなく。
それも、街に居た者が急に野宿を始めた風の臭いと、ずっと野外で生活する者の臭いが混じった。
「こっちを見てる奴が居る。かなり熱心にだ」
「でなけりゃぁ、こうまで裏をかかれねぇよなぁ」
ネイルとも戦えるような手練れ。それを中心とした多くの戦闘員。監視や連絡を行う人員。
想像する通りならば、その人数はもはや小競り合いの域でない。そんなものを察知させずに隠し、こちらの棲み処はあっさりと見つける。
この島の町の領主はサクレ男爵だが、それが気紛れに討伐を始めたなどではあり得ない。今までにない勢力の存在を感じさせた。
――いや、そうとも限らねえか。
「ドゥアくらいの手練れ。じゃあねえかもな」
「違うってどういう――えぇ? ドゥアがやってるって言うのかぁ?」
「そうかもしれねえってことだ」
絶対にそうだと、決めつけてはいない。だがこれまで、最も多くネイルやその仲間と顔を合わせ、それでいて今も健在。
即ちこちらの情報を、最も多く握っているとならないか。
同じ棲み処に在る者以外。この島の住人は誰であれ、どんな種族であれ敵同士となる。
ただその敵とは、目の前の獲物を奪う相手ということだ。若しくは獲物を狩るに易い、良い猟場を。決して縄張りを、丸ごとせしめようなどとはしない。
己が寝起きし。食い。死んでいくのに必要な分を、みな求めるだけだ。
だからホルトは、余所者にこちらを売るような真似をドゥアがするかと疑った。ネイルとて、きっと数拍前まで同じだったろう。
しかし疑うに足る、事実を思い出した。
「破顔の宝珠」
「――そいつで島を支配しようってのかぁ? だとしても、俺たちは関係ねぇだろ」
「協力しねえと言ったからな。うっかり話しちまったのを、後悔してるってのはどうだ」
「……なくは、ねぇだろうけどよぅ」
座礁した帆船は、正体不明の軍船に襲われるところだった。しかしその前に帆船を降りた者たちが、この島を荒らしている。
それもなぜだか、ネイルたちを狙って。
「あの女が――いや、何かしたって言うんじゃねぇよ。狙われてるのがあの女ってことはねぇかな」
またか、と。睨みつけてしまう。リーズたちの居なくなったあと、クレアを疎ましく見る空気は濃くなった。
庇おうというのでなく、関係ないだろうと思うのだ。崖が崩れないようにと、川で跳ねた魚を捕らえても意味はない。
「あの女は船に乗ってた。狙うなら、島に流れ着くまでどれだけの暇があったんだ」
「そうだ。そうなんだよなぁ。あぁ、分かんねぇ」
蜥蜴人の死体を見つけた後、ネイルは仲間に勝手な外出を禁じた。狩りをするのも、ネイルを含めた多人数でのみと。
その命令を仲間たちへ伝えたのは、ホルトだ。頭が良く器用な彼だが、戦いに関して飛び抜けてはいない。
それで猪人などの中には、ホルトを侮る者も居る。
「ネイル、すまねぇ。猪人が何人か出ていっちまった」
「気にするな。合わないもんは仕方ねえ」
仲間うちでの争いを嫌う、蜥蜴人たちが居ないせいもあるだろう。日を重ねるごと、仲間の数は目に見えて減っていった。
自由に外を歩くことも出来ないのか。その原因に、ネイルが手をこまねいているのも。
不満は分かる。何より、誰よりも、ネイル自身が腹に据えかねている。拳を振り下ろす場所さえ得られない、自分の不甲斐なさを。
せめてもその鬱憤晴らしと、狩りは盛大に行った。
けれどもそれが続けば、狩られるほうとて馬鹿ではない。街道に人間の往来は皆無となり、獣たちも縄張りに寄り付かなくなった。日を空けてもみたが、すぐにはあちらも気を緩めない。
やがて状況は、猶予を失った。
「ネイル。そろそろ食い物がねぇ」
「分かった。禁じ手だが、仕方ねえ」
縄張りの外にある、人間の集落。襲えば、備蓄の食料や家畜を得られる。ただしそれを最後に、そこと町との往来はなくなってしまう。
「ネイル。もう手段はないのですか?」
「うるせえ、お前も食わなきゃ死んじまうんだ。黙って待ってろ」
クレアの言葉が、無責任な戯言でないのは分かっていた。彼女は人間でありながら、ネイルや仲間のことを案じている。
だからこそ、黙らせるしかなかった。
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