第56話

 「・・・って、ちょっと待ちなさいよ。」


 と言って、クリプッセンは俺達を呼び止めた。


 「ん?どうした?」


 「どうした、って・・・。まさかだと思うけど、アンタ達、そのまま立ち去るつもりなの?」


 「一人でイチからやるってんだから、当たり前だろ?」


 そう言うとクリプッセンは立ち去ろうとする俺達に距離を詰め、さらに話を続けてきた。


 「た、確かにそうなるけど、私が心配しているのは宿の問題よ。ほら、今の私って無一文じゃない?だったら流石に私をどこかに泊めてくれるってものじゃないの?」


 なるほど、そんな問題か。


 「泊めるわけねえだろ。」


 「・・・は?」


 俺の返答を聞いて、クリプッセンはフリーズした。ここまでフリーズという表現が似合うリアクションは生まれて初めて見た。さすが異世界だ。


 すると俺の背後で


 「ケヒャヒャヒャ・・・!」


 と腹を抱えて笑っているイーギをよそに、クリプッセンはハッと我を取り戻し、俺に指をさして必死な様子で言い寄ってきた。


 「アンタねぇ、自分が今からやろうとしていることが分かってるの!?一国の姫で、自分の護衛対象でもある重要人物を、独りにして野宿させようとしているのよ!」


 「ああ、そうだな。」


 「反応が薄すぎるわよ!考えてみなさいよ、こんなところで一人で寝たらどうなるの?どこかの猛獣に襲われるかもしれないし、人攫いに連れ去られるかもしれないのよ?」


 「いやいや。さすがにそうなったときはフォローをいれるから安心しろって。」


 「こんな仕打ちをする人を信頼しろっていうの!?」


 「まったくだな。」


 「全部アンタのことよ!」



 

 そんな感じでああだこうだと言ってきたクリプッセンだったが、変えることができないと悟ったのか、ついに自分の処遇を受け入れることになった。


 「まったく・・・。ちゃんと護衛しなさいよ。あと、私の袋の中身を勝手に使わないでよね。」


 「だから任せろって。なぁ、イーギ?」


 「あったりめェヨ。」


 「言っておくけど、まだ私はアンタ達を信頼してはいないからね!何かあったら、ホントに承知しないわよ!」


 「わかったわかった。」


 そんなやり取りをした後に、クリプッセンはシノアから外れた森の中に入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る