第32話
目の前の状況に興奮はしていたが、俺は不思議と落ち着いていた。俺は冷静に判断して、ガキに距離を詰めた。
ガキは俺から離れようとして後ろにジャンプしたが、左手を伸ばしてガキの右腕をガッチリとつかんだ。そして力任せに左腕を引っ張り、ガキを地面に叩きつけた。
俺の判断は、ガキと密接することだった。もし空中にある火球を動かすことができるのならば、自分に当たらないように操作するはずだし、最悪の場合でも、道連れにすることもできる。
「降参を勧めるぜ、ガキンチョ。」
俺が余裕を見せつけるようにそう言った瞬間、背中が暖かくなっていくのを感じた。後ろを振り向いたが遅かった。さっき落ちてきたのとは比べ物にならない火球が直撃した。
「アチイイイイイイ!!」
とにかく何もかもが熱かった。空気も、着ている服も。俺は耐え切れず、ガキの腕から手を離した。
この熱さから逃れようとして猛ダッシュで火の中から抜け出した。抜け出した後に様子を見てみると、炎がドームの形を作り出し、それを維持していた。
そして自分の体に目をやると、肌が焦げ茶色になっていることに気がついた。たった数十秒の間でこうなったという事実に少しゾクッとした。
すると炎の中から鎧を纏ったガキが出てきた。無傷だった。
「だから言っただろ。お前はこの私よりも弱いと。もう一度言おう、降参を勧める。」
「あーあ、やっぱりオメーは分かってねえなぁ。降参するわけがないんだよ。」
「お前の方が理解していないだろう、この圧倒的な力の差を。」
「そうじゃねえ・・・。どんなものだってそうだ。」
俺はより一層、気合を入れてこう言った。
「敵が強ければ強いほど、立ち向かいたくなるものなんだよ。」
今までに多くの相手と対峙してきた。私に勝てないと知ったものは、誰一人としてそれ以上の抵抗を行うことは無かった。
しかし、ある時に手合わせをした相手から、何か異質なものを感じたことがあった。初めてだった。私が何度倒しても、彼は手合わせを志願してきた。それを感じなくなったのは、彼が私に挑まなくなってからだった。
それからというもの、時折同じようなものを感じ取るようになった。その濃さはまちまちであったが、私と対峙するたびに薄れ、やがて消えていたことは確かだった。それを感じるたびに、嫌悪感を覚えたのも確かだった。
そのうち、私はその異質なものが一体何なのか知りたくなった。
そんな思いを持っていた時に対峙したのが、この目の前にいる男だった。こいつも今までに出会った奴らと同じように、異質なものを私に向けていた。
だがこいつはそれまでの奴らとは違った。その異質なものが、とてつもなく濃いのだ。こいつに火球を浴びせると、なお一層それが濃くなった。生まれて初めて、それで動揺していた。
「敵が強ければ強いほど、立ち向かいたくなるものなんだよ。」
その言葉に応じるかのように、奴の身体がみるみるうちに元通りになっていく。
それから奴は両腕を顔の前に置き、腰を丸めだした。奇妙な構えだった。
そして次の瞬間、奴は一直線に突撃し、私に距離を詰めてきた。すると奴は横に移動し、私の背後にあった火球に飛び込んだ。
奴が火球に入った瞬間、私はこの男を買いかぶりすぎたと感じた。自ら火球に飛び込み、己の敗北を演出していたからだと思ったからだ。
だが直後、私は考えを改めた。地面に足跡があったからだ。奴ではなく、この私が動いていたのだ。私が、自ら退いたのだ。
信じられなかった。この程度の男に、私が引いたのだ。この事実を把握した瞬間、少し汗をかいた。火球の中にいたからではない。私が奴に怖気づいたのだ。
「・・・よかろう。」
私はそうつぶやいた。彼の放つあの異質なものを、全身全霊を以って薙ぎ払う覚悟を決めた。
炎の中に飛び込んだ俺は、あることに気がついた。熱くない。それに、身体が元通りに戻っている。これってもしかして、炎魔法を経験したことで耐性がついたってことなのか・・・?
だとすれば、これをアイツに知られるわけにはいかない。奇襲だ。ここで待ち伏せしよう。
そう思い、俺は地面に倒れてやられたフリをし、この炎の中でガキが来るのを待っていた。
すると、遠くに人影が見えた。ガキだ。しかし、何か様子が違った。
「おい、貴様。気が変わった。これから、全力を以ってお前を否定してやる。」
そう言うと、ガキは膝をつき、両腕を地面に付けた。すると、地面が俺を取り囲むように隆起してきて、ドームの形になって俺を閉じ込めた。
すると、ドームの壁からドロドロとした赤いものが流れ出してきた。マグマだ。
マグマは俺のいる地面を埋めてきたので、俺は起き上がり、大きくジャンプをして天井にパンチを打った。するとドームの天井が粉々に砕け、外に出ることに成功した。
外に出た瞬間に見えたのは、ガキの放つ右ストレートだった。俺はとっさに腕を前に出してガードの姿勢を取った。
ガキの一撃は俺のガードに直撃し、俺は闘技場の壁まで吹っ飛んだ。腕が骨の芯からビリビリしている。
俺が地面に足をつけ、前を向き直すと、ガキが俺の前に来て立ち止まった。
「なんだよ、お前。まだ訳分からん魔法を隠し持ちやがって。おもしれーじゃねえか。」
「貴様こそ、あの炎の中で狸寝入りをかますとは、いい度胸だ。」
「そういや、呼び方を変えたな。ちったぁ見直したのか?俺のことをよ。」
「・・・ああ、貴様を認めよう。だから、否定するのだ。」
「あっそ。お堅いこった。」
俺は先ほどの見よう見まねのボクシングの構えを取ると、ガキが身に着けていた鎧が消えていった。
お互い分かっていた。ここからが本当の戦いになることを。
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