第29話

 朝ご飯を食べた俺は、ようやく自分がとんでもないところに滞在している現実を受け入れた。武道会で出番が来るまで暇だったので、イーギとダベることにした。


 「なあ、この大会に出る奴って、どのぐらい強いんだろうなぁ。もしかしてこの世界にも、武術、的なヤツとかあんのかな?」


 「ぶっちゃけ、下界の戦闘技術なんてどうでもいいナ。俺からすりゃ、相手に合わせて変身して戦えばいいシ、力があればどんな奴だってぶっ倒せるしナ。」


 「元も子もなさすぎだろ、それ・・・。」


 「でもまあ、気になるんだったら実際に見てみればいいんじゃねえカ?ホラ。」


 そう言ってイーギが指をさすと、その先にはきれいなクリスタルの置物があった。


 「ほら、って・・・。それ、ただの置物だろ?それがいったいどうしたんだ?」


 「いやこれ、本物だゼ。見たところ、使い方は・・・こうカ?」


 そう言って、イーギがそのクリスタルに向かって魔力を当てると、クリスタルが光りだし、イーギが固まった。すると少しして、イーギがハッとしたように頭を揺らし、


 「よし、ビンゴダ。シイマ、コイツに魔力を当ててみロ。」


 と言ってきた。言われるがままに魔力をそのクリスタルに当てると、俺の視界が吹っ飛ぶのを感じた。




 次に俺が見たものは、人と人が戦っている光景だった。


 「な、なんじゃこりゃ・・・。」


 そうつぶやきながら周りを見渡してみて分かったのは、俺がコロッセオの形をした闘技場の観客席に飛ばされたということだ。それにしても、観客席と戦っている場所との高低差が大きい。おそらくのものでもそうだろう。


 これでは視力の低い人は見えないんじゃないか、と思っていたが、前を向くとモニターがあった。よくできてるな。


 その事実を必死に受け止めようとしていると、


 「やっぱりお前のリアクションは新鮮でいいナ、ケケッ。」


 と言って、イーギが後ろから声をかけてきた。


 「おい、これって・・・瞬間移動、ってやつか?」


 「ギャハハハ!ここまで予想通りに引っかかると、笑いがこみあげてくるなぁ!」


 分かるわけないわ。意地悪が過ぎるだろ。


 「残念だったな。正解は意識の飛躍だ。今やってることをザックリ言うと、過去の追体験だ。さっきのクリスタルと対になっているヤツが記録したものを、俺達が脳内で体験しているわけだ。」


 「な、なんじゃそりゃ・・・。」


 「ちなみに、過去の追体験は応用になるな。基本は幽体離脱みたいになるが・・・まあいいや。とりあえず動き回ってみろ。」


 そう言われ、俺はとりあえず周囲をウロウロしてみた。改めて注意してみると、吹いている風や見えている光景、そして今着ている服の感覚が、肉体で感じ、目で見るそれと全く一緒だった。


 しかし、現実と異なるのは、周りにいる観客には触れられないことだ。手を伸ばして触ろうとしても、それに飲み込まれるようにして俺の手が見えなくなる。下を見てみると、足が地面を透過していた。文字通り、奇妙だった。これじゃあまるで・・・


 「仮想現実、みたいだな。いや、そのものだな。てか、この世界の技術力、ヤバすぎだろ。スマホみたいな免許とか、テレビを超えた置物とか、ズルすぎだろ、魔法。イカレてるわ。」


 「魔法を使わずにテレビとかスマホを作り出したお前らも大概だがナ・・・。ま、とにかく試合でも見ようゼ。」


 そう言われ、俺は下で戦っている2人に目線を映した。どちらも素手で戦っている。こちらの世界で考えるとありえない動きをしている。しかし・・・。


 「なんか、ただの殴り合いみたいだな。」


 「まあ、戦いなんて突き詰めるとそんなんだシ。技術だけなら、お前の下界は上から数えた方が早いゼ。」


 そうイーギに言われたが、あまり格闘技に興味なんてなかったので、この観戦に飽きてきた。


 「ま、目的は果たしたし、チャッチャと戻るか。イーギ、どうやって戻るんだ?」


 「簡単だ。ハッと目を覚ますだけダ。こうやってナ。」


 そう言うと、イーギの姿が消えた。


 「いや、手本になってないんだが・・・。」


 とはいえ、さっさと戻りたいので自分なりにイーギのアドバイスを実行することにした。えーと、目を覚ますんだったか。ていうか、元の身体に戻るんだよな。


 そう考えたので、とりあえず目を瞑り、元の身体を意識してみた。すると、いつの間にか俺の瞼が眩しくなった。




 何が起こったのかと思い、手をかざして目を開けてみると、俺の目の前にはあのクリスタルがあった。戻ってこれたのだ。


 「よっ。戻ってこれたナ、シイマ。」


 「・・・ここ、ホントに現実なんだよな?戻って来れたんだよな?」


 戻ってきたと表現したが、そんな気が全くしなかった。これも現実ではないのではないかと少し疑っていた。それほどまでに、さっきまでいた場所が現実だったのだ。


 「そんなに心配だったら、ほっぺでもつねってみたらどうダ?痛いはずだゼ?」


 「いや、絶対にでも痛いだろ。」


 「そんなことは無いゼ?だって、意識の飛躍は痛覚を持っていけないからナ。だから、お前らの下界でよく言われてるそれはあながち間違ってないんだワ。」


 そう言われたのでほっぺをつねってみると、フツーに痛みがした。これで、何とか信じることができた。


 「痛いな。ってことは、ここが現実ってことになんのか。」


 「そーゆうこっタ。どうだっタ?初めての幽体離脱。」


 「これをが再現するには、まだ時間がかかりそうだな。あと、その判別法、早く言ってくれよ。」


 こうして武道会の観戦という名目の貴重な体験は終わった。

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