第28話
「おかえり、お二人さん。話は済んだか?」
「ああ、スカッとしたぜ。」
俺は顔が赤くなったイーギの首根っこをつかんで居酒屋に戻った。
「それにしても、ニトログリズリンがここまで高く買い取られるなんて、相当すごいことになってるな。」
「そうだな。こりゃあ、何か別の要因が絡んでるかもしれねえな。」
「ん?何かあったのか?」
俺は二人の話が少し気になったので、内容を聞くことにした。
「ニトログリズリンってのは、この季節になると冬眠に備えて栄養を貯えるのに必死なんだ。そこでヤツらがよく食うのがスライムになるわけなんだ。」
「でも、今年はなぜかあの地域だけスライムの生息数が激減しているらしくてな。それでグリズリンが狂暴化しているって話なんだよ。」
「へ、へえ・・・。」
ヤバいな。思い当たる節しかない。
俺はボロが出る前に二人に別れを告げることにした。
「今日は色々と世話になったな、ダルブ、マーア。またいつか会うことがあったら、その時はよろしくな。」
「世話になったのはこっちのセリフだ。受付も驚くぐらいに獲物を仕留めることができたし、稼げたしな。武運を祈るぜ。」
二人に別れを告げ、俺はイーギを連れてラベンチル峡谷に戻った。まだニトログリズリンが残っていると踏んだからだ。
峡谷で生活をして数日が経った。夜が明けて起きた俺は、イーギに話しかけた。
「なあ、イーギ。」
「どした、シイマ?」
「なんで、グリズリーが1匹も見つかんねえんだろうな。」
結論から言うと、明らかな無駄足だった。平和にサバイバルしただけだった。一時、何のためにここに来たのかを忘れるくらいに満喫してしまっていた。
「やっぱり、俺達がやりすぎたからじゃネ?グリズリーがビビりあがるほどにサ。」
「やっぱそうだよな。」
正直な気持ちとして、この数日を無駄にしたことに対する喪失感とか焦りとかは一切なかった。むしろ、この数日で借金返済が脳内から除外されていた。
しかし、俺に、電流走る--!
「そういや俺、何かのバトルトーナメントに出てたよな?あれ、いつだったっけ?」
「確か・・・それ、今日ダ!さっさと行かねえト、間に合わないんじゃネ?」
「マジか。そんじゃまぁ、行ってみるか。」
この時の俺は知る由もなかった。この一言が、借金返済の第一歩だったということに。
俺達は急いで参加を申し込んだ時の建物に向かい、受付に質問をした。
「なあ、俺、今日の初心者のトーナメントに申し込んだ・・・」
「覚えていますよ。シイマさんですね。こちらへどうぞ。」
そう言われ、俺とイーギは受付について行くと、数字の付いた部屋に案内され、
「こちらがあなた方の控室となります。試合開始まで準備を行ってください。」
と言われた。通路の豪華さや部屋の大きさから、この部屋がスイートルームだと悟った。
「なお、試合の始まる30分前にこちらから・・・」
などと受付が説明をしていたようだが、そんなことは耳に入らなかった。白昼夢を見ているかのようだった。イーギが受付の話を聞いていた姿がなんとか認識できた。
「それでは、ご武運をお祈りいたします。」
と言い、受付が扉を閉めた音でやっと開いた口がふさがった。茫然としていた俺に、イーギが声をかけた。
「おーい、シイマ。お前、大丈夫カ?」
「大丈夫なわけねえだろ。こんなやべー部屋に通されて、平常心でいられるかよ。受付の言葉も聞けなかったわ。」
それもそのはず、このスイートルームは、もはやルームを通り越して家そのものだった。いくつもある部屋。格式の高さを示すも、安らぎを与えてくれる内装。しかもおまけにベランダまで付いている。
「イーギ。お前こそ、こんな場所でよく受付に応対できたな。」
「そんなに驚くほどのもんカ?これくらい、天界ならザラだゼ。それどころか、もっとスゲーとこで住めちまうしナ。」
「マジかよ・・・。」
イーギの言葉に驚きを覚えながらも、俺はこの部屋を散策することにした。見回る、という言葉ではこの部屋の大きさをカバーできないほどだった。ちなみに、散策でこの部屋にプールがあることが分かった。やりたい放題だろこれ。
散策をしていると、ベッドで横たわっていたイーギが、
「そういヤ、受付がルームサービスを使っていいって言ってたゼ。」
と言い出した。
「ルームサービス?それって、どーいうものが含まれるんだ?」
「そりゃまあ、飯とか、部屋の掃除とか、雑用とかじゃねえのカ?・・・あ、腹減ったな。飯にでもすっカ。」
そう言うと、イーギが魔力で紙に何かを書き、それを宙に投げた。するとその紙がひとりでに折りたたまれ、どこかに飛んで行った。しばらくすると、扉から音が聞こえた。
「シイマ様。食事をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」
するとイーギが俺に返事しろとジェスチャーを送ってきたので、
「い、いいよ。」
と返事した。若干、声が裏返った。
「め、飯・・・。このホテルの、飯・・・。」
「どうしたよ、シイマ。目がうつろだゼ?」
今日の朝ご飯は、味がしなかった。
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