第7話

 病院を出たまではいいものの、外はもう夜だった。こちらの世界とは違い、電気など通っていない上、おそらく燃料が貴重だからなのだろう、視界に映る明るい建物はさっきの病院しかなかった。奥にぼんやりと光っているのは、おそらくギルドなのだろう。


 少し歩くと、ちらほらと薄明るい建物がいくつかあったが、どれもあの病院とギルドのような明るさを持ってはいなかった。あの2つの建物は、少し特殊なのだろう。


 顔を上に向けると、どんなプラネタリウムでも再現できない、美しいとか荘厳だとかいった言葉では言い尽くせない星空が広がっていた。


 そして周りを見渡すと、恐ろしくもあり、同時に安らぎを感じる暗闇に包まれれているのを認識し、無抵抗に体の力が抜け、心が和らいでしまう。同時に、今までにない解放感を味わっている。


 思えば、は電気を手に入れてから、夜というものを軽んじてしまっているのかもしれない。


 夜とは、ここまで強力なものだったのか。


 そんな貴重な感覚を感じていると、


 「おーい、大丈夫カ?」


 と声がしたので、俺はハッとしてイーギの方を向いた。


 「まあそうカ。お前らの下界じゃ、ここまで真っ暗な夜はめったに体験できないもんナァ。」


 イーギは俺の感動を理解していたが、把握しきってはいなかった。


 「ああ。けど、それだけで俺がこんなに心地よく感じるには、まだ足りないな。」


 「ホォ。そんじゃ、まだ原因があるってことだナ。そりゃなんダ?」


 「今の俺を縛りつけるものがない、ってことだ。この夜のおかげで、再認識したんだよ。だから、おれはここまで胸がすく思いをしてるんだよ。最高の気分だ。」


 「へえ。じゃあ、ここに来てよかったナ。」


 なんて会話をしていたが、そろそろ聞くべきことを聞くことにした。


 「なあ、俺達、病院を出たけど、なんか理由があったのか?」


 「あるんだが、まずは宿に泊まル。場所は知ってっから、俺についてこイ。」


 と言ったので、俺はイーギについて行った。




 しばらく歩くと、看板に明かりが一つだけついている建物に着いた。そのまま中に入ると、無人の受付が外の明かりでなんとか確認できるが、それ以外は何も分からなかった。てか、そのまま入れるのかよ。この村、平和すぎるだろ・・・。


 すると、イーギは受付にあった短い金属製の棒を持って、すぐそこにあった金属の板を叩いた。


 しばらくすると、受付の奥から炎のランプを持った筋肉質の男がのそのそと階段を下りてきて、


 「いらっしゃい・・・ってあれ?君たち、あの二人組かい?」


 と言ってきた。


 「あの二人組、ってどの二人組のことダ?」


 とイーギが聞くと、


 「そりゃ、あのシイゼテが君たちを大急ぎで運んでたから、この村じゃ君たちを知らない人はいないと思うなあ。大変だったろう。」


 と言った。そうすると、あのシイゼテって奴は、この村では相当な信頼を受けてるのか。


 「とにかく、俺達を泊めてくれないカ?いくらするンダ?」


 とイーギが聞くと、


 「えっ!ここに泊まるっていうのかい?」


 「ン?なんか変なこと言ったカ?」


 「いやあ、そもそも、こんな辺鄙な村の宿屋を使いに来た人なんて、君たちが初めてだからね。」


 「・・・食っていけてるのか?」


 俺はびっくりして考えていたことを漏らしてしまったが、


 「大丈夫だよ。宿屋なんて名ばかりで、実際はちょっとした物売りをしてるんだ。けど、この村を出ることが多いから、家にいることがあまりないんだ。だから、この家を何とか活用しようと思って、宿屋にしたわけだよ。」


 「あんたがいないときは、どうなるんだ?」


 「近所の人に任せてるよ。」


 いなかの つながりって すげー!


 と思考を放棄していると、


 「とにかく、泊まらせてくんねえカ?」


 とイーギが再度聞いた。


 「いいよ。君たち、この村の人じゃないでしょ?しかも、ひどい目に遭っちゃってかわいそうだから、タダで泊まっていいよ。」


 ここには善人しか住んでねえのかよ。ここまでお人好ししかいないと、おぞましくなってくるわ。


 そう考えているとイーギが、


 「あなたこそ神ダ・・・。」


 と言って、両手を組んで膝をついていた。悪魔が神と認定って、なんかずれてねえか?




 宿屋のおっさんに案内されて、俺達は今日泊まる部屋に入った。ビジネスホテルくらいの大きさだった。


 部屋に入って、俺は最初に今日あったことを思い返してみた。思い返せば思い返すほど、今日のことがとても現実とは思えなくなり、同時にその出来事をを楽しんでいたことに気がついた。


 これから、こんな文字通りの摩訶不思議な体験が続くのかと思うと、余計に目が覚めてきた。


 色々と思いを巡らせていると、


 「さて、ト。あの宿主も寝たことだシ、本題に入るゼ。」


 とイーギが切り出してきた。そういや、なんで病院を出たか、まだ知らないな。


 「本題ってなんだ?」


 「まずは俺が与えたチートの詳細を教えるゼ。お前、免許で自分のステータスを見てみロ。」


 そう言われて自分の冒険者免許に魔力を流し、自分のステータスを見てみると、魔力の値がほかのステータスより高かった。これに関しては、正直驚かなかった。


 しかし意外だったのは、そのほかのステータスも、ギルドで見た時よりも高くなっていたし、防御の数値も突出していたことだ。


 「全てのステータスがギルドの時より上がってんな。魔力の数値が他より高いが、それはスライムのせいだろ?」


 「なぁンダ、知ってたのかヨ。つまんねーノ。ちなみにフツーだったら、スライム一体じゃそんな上がり方しねえゼ?・・・って言っても、フツーが分からねえから、実感ねぇカ。」


 そしてイーギは続けて言った。


 「そんじゃ、能力を確認してみロ。」

 そう言われたので能力を確認してみると、ギルドの時には何も書いてなかった欄に、いくつか書き足されているのが分かった。


 「ん?どれどれ・・・。麻痺無効、他者治癒、自然回復増加、夜視適性・・・。なんだこれ、身につけた覚えがねえぞ。」


 「ホントにそうカ?思い当たるふしはないのカ?」


 とイーギがニマニマ聞いてきた。なんだこいつ。


 「・・・そうか、こいつらはすべて俺が経験してきたことだな。」


 「正解。俺があんときに与えた経験強化、ってチートは思った以上にすごくてな、なんとたった一度でも体験すれば、大抵の能力は会得できるンダ!たとえそれが魔法であってもな。」


 「マジかよ、最強すぎだろ。」


 「ま、一度じゃ会得できないやつもあるし、能力を強化したければ、もっと経験の量を増やしたり、より過酷な経験をする必要があるがな。ちなみに、イメージから能力を会得することもできるが、意識を失った状態で何かをされても、それは経験に入らないぜ。」


 なるほど。それだったら、防御の数値についても納得がいく。あんな打撃食らったら、いやでも伸びるな。それにしても、思ったよりもすごいチートだな。・・・ん?


 「なあ、俺の視力がめっちゃよくなったり、体が軽く感じたりするのも、お前のチートのおかげなのか?」


 「ああ、それに関してはおまけとして与えたんだヨ。どうダ?」


 「ぶっちゃけこれが一番ありがたいな。」


 こいつのチート、ホントに便利だな。


 「経験強化のチートについてはよく分かったよ。けど、その説明、病院でもできただろ?」


 「そうだナ。そんじゃ、もう一つの本題に行くとするカ。さっき、能力に他者治癒、ってあっただろ?それ使って、体を全回復しようゼ。」


 確かに、俺の身体にはアザがあったりして、冒険をするには万全とはいえない。だが・・・。


 「やっぱそれも、病院でできたんじゃねえのか?ほら、あの人たちがいなくなった後とかにさ。」


 「いや、よく考えてみロ。俺達の受けた傷は、一晩寝ただけで治る代物じゃねェ。そんな傷が翌朝治ってたら、疑われるに決まってんだロ。」


 「だったら、治癒魔法を持ってました、ってことにすればいいんじゃねえのか?」


 「それについてなんだが、実は治癒魔法ってのハ、この下界じゃもっとも会得の難しい魔法の一つなんだヨ。そんな魔法を持ってるやつが、ホイホイとスライムにやられるカ?」


 そうだったのか。だったら納得がいく。・・・ん?


 「そりゃ分かったが、じゃああのじいさんは、もっと俺達に金を要求してもよかったんじゃねえのか?」


 「それはまあ、お人好しだからダナ。」


 この村は、ホントにおかしい。


 「そんじゃ、お互い体を治そうゼ。治癒魔法のレベリングも兼ねてっから、一石二鳥ダ。」


 そういうわけで、俺達は順番にお互いの体を治すことにした。


 「・・・っておい。ちょっと待て。」


 「どうした?」


 「俺、魔法の使い方知らないんだけど。」


 「なんだ、そんなことカ。心配すんナ。魔力を放出できれば、後は簡単ダ。自分のイメージに魔力が反応してくれるゼ。そんじゃ、まずはお前がやってみロ。心配すんなっテ。物は試し、って言うだロ?」


 と言い、イーギは背中を上にしてベッドに倒れた。おいおい、無茶ぶりが過ぎるだろ・・・。

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