第2話
目が覚めると、俺の目に映るものはただの白であった。本当に白以外何もなく、頭を動かしてもそうだった。といっても、基準がない状態で頭を動かしたといえるかどうかは正直微妙なところだ。
ここであることに気が付いた。俺は立っていたのだ。さっきまで寝ていたはずだったので、かなり驚いた。
しかも、意識がはっきりしている。俺は、死んだのか・・・?
そのとき、白い空間に急に黒い線が現れ、俺を含むように直方体を形作った。
そして、目の前にドアの絵ができあがり、何かが現れた。
そいつは若い男の人間の姿をしていて、高身長で黒髪、シックスパックであり、そして何よりイケメンであった。
しかしそんな特徴を差し置いて、俺にはある疑問が生じていた。
どうしてこいつは全裸なんだ?
「ヨウ!どうした、そんな辛気臭い顔しテ!」
そいつはさも自分が俺の友達であるかのようにそう言い、全裸のまま俺の肩をバシバシ叩いた。俺は驚きのあまり動けなかったが、なんとか口に意識を寄せて会話を試みた。
「誰、ですか?」
「あ、自己紹介がまだだったな。俺は悪魔のセ・イーギ。これからよろしくナ!」
ここまで名前が一致しない奴は始めてなんだが。というか、こいつが悪魔なのか?俺は何をされるんだ?そんなことを考えていると、
「やっぱそう思うよナァ。」
ん?口に出してないはずだが、どうして思っていることが分かったんだ?あ、テレパシーってやつか?いや、そんなまさか・・・
「オッ!よく気が付いたナ。相棒に選んだだけのことはあるゼ。」
・・・実在するとはなぁ。
「・・・相棒?」
「そうだよ!これからお前は、俺とちょっとした旅に行くことになってンダ。」
「は?」
「いやさ、俺ら悪魔ってここ、天界にいるんだけど、ただここでニートしてるわけじゃないんだヨ。俺らには仕事があって、俺の場合は下界の管理っていう仕事があるんダ。」
ほうほう。
「なんだけど、ずうっと同じことやってると、仕事にも飽きてきてサ。そこでお前を呼んだわけヨ。分かったか?」
分かるわけねえだろ。
「いいぜそのリアクション!でも、敬語使われると距離置かれるみたいでつまんないから、タメ口使っていこうゼ。俺のことも、お前呼ばわりでいいシ。」
「あー、分かったよ。」
気づいたら、俺は悪魔にタメ口を使っていた。殺されるかも。
「ああ、そういう感じ?だったら心配すんなヨ。俺は決してお前に危害を加えるつもりはない。神に誓うゼ。」
悪魔が神に誓うのかよ。
「まぁいいだろ、仲いいんだシ。」
しかし、人間に似た容姿からだろうか、あいつの言葉を妙に信頼できる気がしたので、そのままタメ口で話すことにした。そしてその勢いのまま、あるお願いをした。
「勝手に俺の心を読まないでもらっていいか?」
「オッケー。」
すげえすんなり通った。ここで完全に落ち着いた俺は、この悪魔に質問を投げかけることにした。
「さっき言ってたけど、下界の管理、ってなんだ?」
「ああ,それナ。お前らが住んでる世界を下界っていうんだけド、そこに悪魔とか天使が不正に侵入しているか監視する仕事ダ。もし侵入してたら、その下界に入って、そいつらをぶっ殺すンダ。」
「物騒すぎるだろ。てか、そいつらって死ぬのか?」
「ああ、厳密には、その世界で死んで天界に戻ってくることになるナ。」
「へぇ。」
「まあそんなことしてんだけど、俺って強すぎるかラ、いろいろ縛りプレイしたりしてそいつらをぶっ倒すんだガ、最近これがマンネリ化してきたシ、一人でやってるのが寂しくなってきたかラ、なんかアクセントが欲しいと思ってたんダ。」
話が見えてきた。そこでアクセントとして俺が呼ばれ、こいつの仕事の手伝いをすることになる、と。
「いや、なんで俺なんだよ。他のやつにしろよ。」
「あのビラな、実は異世界転移に素質があって、しかも興味があるやつにしか見えないようになってんだヨ。そこでお前が選ばれたんだから、誇っていいゼ。しかも、同意したダロ?ほら、コレ。」
そう言うと、こいつは俺がチェックをつけたビラを脇の下から出してきた。
「どっから出してんだよ。」
とは言うものの、身から出た錆であることは明らかだったので、ゴネないことにした。
「でも、お前の仕事って俺に手伝えるものなのか?フツーに殺されそうなんだけど、俺が。」
「心配すんナ。異世界ファンタジーお決まりの、チートってやつを授けるからナ。どうだ、テンション上がるだろ?」
正直言うと、テンションは上がっている。なんせ、本当になろう系の小説みたいにチートが付いてくる・・・ん?
「今、お決まりの、って言ったか?」
「ああ!やっぱ異世界ファンタジーってのハ、そーゆーのがないとナ!」
「なんで知ってんだ?」
「いやあ、俺、なろう系の小説を読んでんだけど、あれ読んだら、俺もやりたくなってきてサ。ああいう設定作った奴、マジ天才だと思わねえカ?」
「じゃあ、ラノベ、ってやつを知ってんのか?」
「あたりめーヨ!やっぱり、お前らの下界の文化はどの下界の文化よりもスゲーんダワ。特に日本はスゲーな!アニメにマンガ、ゲーム!マジな話、俺、日本の文化が好きすぎて、日本に家持ってるんダゼ。」
なんだこいつ、バカみたいにズブズブじゃねえか。ていうか、悪魔が日本をウロチョロしてるのか。怖すぎるわ。
「マァ、下界に行くには、それなりの実績と信頼と手続きがいるがナ。俺の管轄にお前らの下界があってよかったゼ。おかげでめんどくさい手続きが省けるからナ。」
こんな奴が俺の世界の管轄なのかよ。
「まぁ、そんな話は置いといテ、・・・」
「置かせねーよ。そんな小説を再現しようとかいう馬鹿な考えのせいで、俺がこんな目に遭ってんのか。とんでもない迷惑じゃねえか。」
「別にいいだロ。俺、悪魔なんだシ。」
なんだろう。なんか、反論できねえ。
しかし、あいつが俺をここに呼んだのも、俺が原因なわけだからここは我慢しよう。それに、確認したいこともある。
「まあ、お前の言い分は分かった。じゃあ、今度は呼ばれた俺の意見も聞いてくれ。」
「オウ!聞いてやるぜ。なんダ?」
「まず、俺はいつになったら元の世界に戻れるんだ?」
「そりゃおめー、不正に侵入した悪魔や天使をぶっ倒したら戻れるゼ。」
「それはいつの元の世界だ?」
もし異世界の時間とリンクしてたら、やばいことになりそうだ。異世界で年をとることも反映されたら、結構つらいぞ・・・。
「お前が呼び出された瞬間の時間に合わせル。あと、元の下界に戻るときは、呼ばれる前の状態で帰すゼ。だから、戻った時点でチートは解除されてることになるナ。」
チートが解除されてるのはもったいないが、まあいいだろう。
それが分かったところで、本題に移ることにした。
「じゃあ、お前が俺にくれるチートって何だ?」
「全部で三つある。一つ目は、上級言語を使えることダ。上級言語ってのは、俺たち悪魔や天使が使う言葉で、どんな下界のどんな言葉でも扱えるようになるシロモノだぜ。」
なるほど、そいつがあれば、向こうで言葉の勉強をしなくて済むわけだ。
「二つ目が、肉体の蘇生ダ。肉体がどんなに重傷を負っても、無傷の状態に戻る。といっても、修復のスピードはとんでもなく遅いがナ。」
「ふむふむ。」
「そんデ、三つ目。こいつがメインのチート、成長強化ダ。様々な経験がお前の能力に大きな変化をもたらすんダ。特に敵をぶっ倒したら、相当の経験値が溜まっていくゼ。」
なるほど。つまり最初から最強ってわけじゃないのか。だがそれがいい。
「へえ、面白くなってきやがったな。」
この時の俺は、少し口角が上がっていた。
「おお、いい面構えになってきたじゃねえカ。ちなみに、俺も同じチートで出発するからナ。」
「え?お前、もっと強くなるのか?そうなりゃ、ただでさえ強そうなお前がもっと強くなるから、侵入してきた奴を瞬殺しちまって、俺の存在意義がなくなってしまうぞ?」
「いや、そんなことにはならないように、俺の力はここに残していくから。」
そう言うと、こいつは胸に手を置いてから、その手を胸から遠ざけた。すると、その手から、とんでもなく黒い球状な何かが出てきた。
それをどっかに投げると、その球は悪魔の形になり、体育座りを始めた。・・・ん、待てよ。この一連の動きの流れ、見たことあるぞ。これは・・・
「ポケットなモンスターみたいだな。」
「だよナ。俺もそう思ったワ。・・・でもまあとりあえず、準備は完了したナ。そんじゃ、始めるゼ!」
そう言うと、俺とこいつの体が光りだした。
そう。ここから俺の異世界ライフが始まる。高揚感と緊張が入り混じった感覚を味わいながら、この感覚はいつぶりのものだろうかと、少し感傷に浸っている。と、ここで、悪魔のほうから質問がやってきた。
「なあ、なんでお前は、自分の下界が嫌いなのに、そこに戻ろうとしてんダ?俺は、終わったら元の下界に戻るなんてこと、言ってねーゼ?」
そんな質問を前に、俺はこう答えた。
「もちろん嫌いだ。他人ってのがいるせいで、ありのままの自分を出せないし、とにかく俺を縛り付けるものが多すぎるから、異世界なんてのがいいなと思ってるんだ。」
そうだ。どう考えても俺のいる世界はロクなもんじゃない。辛いし、それで何かに報われるとは限らないから、落ち着いていられない。
「だけど、そんな風に考えても、やっぱり俺はあの世界が楽しいと感じてしまうんだ。・・・分かる?」
俺の気持ちを表すには、この返答は完璧じゃない。しかし、これが俺のできる精一杯の答えだった。それでも、
「アァ、分かるぜその気持ち。俺と一緒ダナ。」
と答えてくれた。そして、
「それじゃあ、これからよろしくな、シイマ!」
「こちらこそな、イーギ!」
と言ってお互い気合を入れた。ここで、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ところでイーギ、服はどうすんだ?」
「あ。マァ俺の魔力で・・・」
そんなイーギの言葉がかすれて聞こえなくなり、急に辺りが眩しくなり、目をつぶってしまった。
目を開けると、そこにはまさしく、
ー異世界が広がっていたー
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